マルツ パーツまめ知識
ヘッドホンアンプの製作
ディスクリート編 その1
2011年7月 KY
◎ディスクリートでヘッドホンアンプを作る
筆者は良くオーディオ機器を製作して楽しんでいます。
オペアンプなどのICを使う機会が多いのですが、ICを用いないでディスクリートで構成
したヘッドホンアンプを製作しましたので紹介します。
ディスクリートとなるとICを中心にして構成した機器と比較すると部品点数が多くなりがち
ですが、従来からある標準的な回路とし、極力、部品点数を少なくすることにします。
◎回路構成とブロック図
図1に回路(片チャンネル分)、図2にブロック図(片チャンネル分)を示します。
入力された信号はボリュームVR1を通った後でTR1で増幅されます。
さらにTR2により増幅され、TR4,TR5によるプッシュプルでヘッドホンを十分な電力で
ドライブします。
プッシュプル部は熱暴走を防ぐ目的でTR3による温度補償を設けます。
また、R4,R5による負帰還により必要な全体の増幅度を決定し、ひずみ、ノイズ等を
低減させています。
なお、電源電圧は12Vの単電源動作です。
◎各ブロック説明
★プッシュプルの動作電流
テキスト ボックス: 温度補償部
プッシュプル部は図3のように温度補償部
によりバイアスを与え、アイドル電流を
20mAとしてみます。
この場合、動作的にはAB級です。
TR2の動作電流を10mA、R6+R7=520Ω
とすれば各部のDC電位は図3のとおりで
温度補償部における必要なバイアス電圧
は1.488Vです。
★熱暴走について
トランジスタは図4のように温度によって、
VBEの値が変化し、温度が高くなるほど
VBEの値が低くなります。
例えば、図5のようにトランジスタへ与えるバイアス
電圧が一定の場合、温度が高くなるとVBEの値が
下がるので、結果的にコレクタ電流が増加します。
この増加によりさらに温度が上昇するとさらにVBEが
下がり、コレクタ電流が増加します。
このようにコレクタ電流がどんどん増加し、トランジスタ
自身の発熱が大きくなり、トランジスタを破損する恐れ
がでてきます。
これを「熱暴走」と言い、電力回路では注意が必要です。
したがって、温度が上昇してもなんらかの方法でコレクタ電流が増加しないようにする必要が
あり、このことを「温度補償」と言います。トランジスタのVBEは温度係数 ( -2mV/℃ ) なので、
これと同じ温度係数をもった素子を用いてバイアス電圧を変化させれば良いわけです。
図6に代表的な例を示します。
温度補償素子はトランジスタと熱結合(具体的にはパッケージを密着させる)しなけれ
ばならないので、今回は温度補償素子にトランジスタを用いた方法が簡単になりますので、
この方法を採用しています。
★温度補償
図7において、バイアス電圧VBは次のように
なります。
RA = RB とすれば、VB = 2 × VBE3
となり、バイアスを与えることができます。
ここで、TR3,TR4,TR5を熱結合すれば
VBE4,VBE5が変動してもVBが同じように
変動します。
つまり、各VBEの変動分をΔとすれば、
ΔVB = 2 × ΔVBE3 = ΔVBE4 + ΔVBE5
となって、コレクタ電流の増加を抑えます。
★プッシュプルのバイアス設定
前記、図3により、TR2のコレクタ電流は10mA
です。これと同じ電流がTR3のコレクタにも流れる
わけですが、R8,R9側に流れる電流はコレクタ
電流の 1/10程度になるようにします。
例えば、VBE3 = 0.65V 、R9 = 820Ωとすれば
I = 0.65 / 820 ≒ 0.8mA となり、このR9の値から
@式により、R8を設定します。
今回はプッシュプル部のアイドリング電流を20mA
に設定しますので、R8に半固定ボリュームを追加
して調整できるようにしています。
★TR1,TR2のバイアス
図9にTR1,TR2のバイアスに
関する直流電位関係を示します。
TR1の動作電流(コレクタ電流)は
0.5mAの設定です。
なお、最終的には R3 = 1.5K 
としています。
★負帰還後の増幅度
算出過程は省略しますが、TR1部で+11dB、TR2部で+46.1dB、合計で+57.2dBとなり、
これが負帰還前の増幅度Aです。
(正確にはコンデンサC4が有るので、若干、増幅度Aはこの計算結果より上がる。
C4有りの計算は少し面倒なのでC4無しとして計算)
図10に R4 = 3.3K R5 = 1.5K とした場合の増幅度を示します。
これにより+10dB(約3倍)の設定で、他の増幅度にしたい場合はR5の値を替えます。
◎回路図
◎部品
★部品表
部品番号   品名   型番   メーカー 数量 参考単価
C1,C3 ケミコン10μF/50V   UKW1H100MDD ニチコン 2 42
C2 ケミコン100μF/25V   UFW1V101MED ニチコン 1 52
C4,C7 ケミコン10μF/25V   UFW1E471MPD ニチコン 2 94
C5 フィルムコン330pF   WDQC-331/100V Linkman 1 31
C6 セラコン33pF         1 -
C8 フィルムコン0.047μF   PILKOR-473/100V Linkman 1 42
R1 カーボン抵抗 27K         1 -
R2 カーボン抵抗 15K         1 -
R3,R5 カーボン抵抗 1.5K         2 -
R4 カーボン抵抗 3.3K         1 -
R6 カーボン抵抗 220Ω         1 -
R7 カーボン抵抗 300Ω         1 -
R8 カーボン抵抗 470Ω         1 -
R9 カーボン抵抗 820Ω         1 -
R10,R11 抵抗2W 4.7Ω   2WMOS(X)キンピR 4.7オーム KOA 2 31
R12 抵抗2W 10Ω   2WMOS(X)キンピR 10オーム KOA 1 31
R13 カーボン抵抗 10K         1 -
TR1 トランジスタ     2SA1015(L)-Y(F) 東芝 1 36
TR2 トランジスタ     2SC1815(L)-Y(F) 東芝 1 36
TR3,TR4 トランジスタ     2SC3421Y(Q) 東芝 2 115
TR5 トランジスタ     2SA1358-Y(Q) 東芝 1 94
VR2 半固定抵抗 単回転10KΩ GF063P1B103 東京コスモス 1 52.5
VR3 半固定抵抗 単回転3KΩ GF063P1B302 東京コスモス 1 52.5
   
  以上は片チャンネル分。これと同じ内容を1セット必要。  
  以下は全体に共通の部品。  
                 
C9 ケミコン1000μF/25V   UFW1E102MPD ニチコン 1 115
VR1 2連ボリューム 10K,A   RV16A01F10-20S-A10K アイコー電子 1 262
J1 DCジャック     MJ14ROHS マル信 1 84
J2,J3 Φ3.5 ステレオジャック   MJ073H   マル信 2 73
LED1 LED 青 DB2NBBL   サトー 1 336
R100 カーボン抵抗 4.7K  LED用       1 -
  ツマミ  Φ30   30X22BPS   Linkman 1 500
  アースラグ           1 -
  ケース     YM150   TAKACHI 1 787
  ゴム足     BP42   TAKACHI 4 126
  配線材 AWG24各色         1式 -
  金属スペーサ         4 -
  ビス、ナット類         1式 -
  銅板 t = 0.5         適量 -
合計 \4,238-位
感光基板およびエッチング液等、基板製作に関わる部品は含んでいない。
部品単価および合計金額は参考価格です。また、抵抗等は部品代に含んでいません。
あくまでも参考程度にとどめておいてください。
★キーパーツ
写真1に主な部品を示します。
ケミコンには「オーディオ用」を用い、こだわってみました。
今回はニチコンの「FWシリーズ」を用いましたが、他のシリーズ、KW,FGなども試すと
面白いかもしれません。
また、トランジスタの2SC1815および2SA1015は「ローノイズ版」です。
入力機器およびヘッドホンの接続はΦ3.5ステレオジャックとし、用いたものは
絶縁タイプのMJ073H、また、写真1にはありませんが、電源接続用のDCジャック
も絶縁タイプ(MJ14ROHS)です。
2連ボリュームは「10KΩ、Aカーブ」です。手持ちの関係でこの型番を用いていますが、
他の型番として
R1610G-QB1-A103 シャフト長15mm
R1610G-RB1-A103 シャフト長20mm
シャフト長が異なりますので、用いるツマミに合わせると良いでしょう。
◎製作
★熱結合
感光基板を用いました。
製作のポイントは「熱結合」をどのようにするかです。
熱結合は図12のようにプッシュプルの2個のトランジスタと温度補償用トランジスタを熱的
に結合することで、筆者は以下の方法で行いました。
2SC3421と2SA1358はコンプリメンタリですから同じパッケージです。(同一形状)
これを利用し、図12のように片チャンネル分の3個のトランジスタを背中合わせに重ね、
ビスで放熱板代わりの銅板へ取り付けます。
この時、もう片チャンネル分も同じ銅板で取り付けます。
用いた銅板は t = 0.5 で、このくらいの厚みであれば加工も楽。
★ケース
ケースにはTAKACHIのYM150を用い、内部の様子を写真2に示します。
金属などのケースに収納しないと十分な性能が得られません。
★調整
調整は図13のとおりで、ここで注意したいのは電流(アイドリング)測定は抵抗の両端
電圧を測定し、これにより電流値に変換(換算)します。
◎性能測定
作りっぱなしではいけませんので、各電気的特性を測定しました。
測定は「設計確認」の意味で重要です。
測定条件
DC12V動作、33Ω負荷
★利得
Lch +10.0dB
Rch +10.0dB
コメント:設計値が+10dBですから、設計どおり。
★周波数特性
Lch 20Hz/145KHz
Rch 20Hz/145KHz
コメント:基準(1KHz)に対して-3dBの低域および高域の周波数。
★最大出力
ひずみ率 3%   33Ω負荷
両チャンネル共 ほぼ 340mW
ひずみ率 1%   33Ω負荷
両チャンネル共 ほぼ 300mW
コメント:この項目はひずみ率の規定で変わる。おおむね、300mW取れている。
★SN比
(1KHz,JIS-A、33Ω負荷)
100mW出力
Lch 117dB
Rch 116.5dB
コメント:この値は大きいほど雑音(ノイズ)が少ないことを意味する。
110dB以上取れていますので、この結果には満足。
★チャンネルセパレーション
(1KHz,JIS-A、33Ω負荷)
100mW出力
L→R 67.5dB
R→L 67.3dB
コメント:この項目は片ほうのチャンネルへの「漏れ」の度合いを示す。
漏れは「クロストーク」。負荷と基板パターン、部品配置などで特性が変化し、
特にGNDパターンでの良し悪しが現れる。
★ひずみ率特性
33Ω負荷
各出力におけるひずみ率の特性をグラフ1 出力(mW) L R
に示します。 10 0.00220 0.00270
20 0.00280 0.00360
ひずみ率は値が小さいほど増幅器で発生 30 0.00340 0.00440
するひずみ成分が少ないことを意味し、 40 0.00410 0.00520
良好な増幅器と言えます。 50 0.00478 0.00600
60 0.00540 0.00670
70 0.00600 0.00740
当初、アイドリング電流は20mAの設計 80 0.00667 0.00820
でしたが、ひずみ率特性があまり良く 90 0.00746 0.00890
なかったので、80mAのアイドリング電流 100 0.00800 0.00960
にしています。 110 0.00880 0.01000
120 0.00960 0.01100
20mAと80mAではひずみ率にかなりの差 130 0.01000 0.01200
があります。 140 0.01130 0.01300
150 0.01220 0.01400
一般的にプッシュプル動作はAB級が多い 160 0.01340 0.01520
と思いますが、本機の場合「A級プッシュ 170 0.01430 0.01600
プル」です。 180 0.01610 0.01780
190 0.01770 0.01940
200 0.02000 0.02190
210 0.02330 0.02530
220 0.03190 0.03370
230 0.03770 0.03870
240 0.09000 0.06200
250 0.12400 0.11700
260 0.21900 0.21500
270 0.34000 0.27800
280 0.48000 0.48400
290 0.77500 0.60000
300 1.00000 0.99700
310 1.53000 1.24000
320 2.15000 1.83000
330 2.50000 2.50000
340 3.18000 3.18000
350 3.89000 3.53000
◎試聴
アイドリング電流が80mA(片チャンネル)ですから、無入力状態でも160mAの電流が
流れ(消費)ます。
したがって、用いる電源の電流容量は1Aほどが適当です。
写真4に外観を示します。
ケースの放熱(穴)は必要で、筆者は写真のように3方向に丸穴を空けています。
用いた電源はスイッチング方式のACアダプタです。
Linkman  SPS1201PC
仕様
DC12V/1A
この電源(型番)は筆者の手持ちで、この型番にこだわる必要は無く、電流容量が1Aほど
であれば良いです。
音質に関しては個人差がありますので詳しく表現しません。
ただし、某オーディオメーカーの製品と比較するとノイズに関しては本機のほうが
はるかに少ない。
筆者が購入したオーディオメーカーの製品はノイズ量が気になっていたのですが、本機の
場合、無入力時に「電源が入っていないのではないか?」と思うほどノイズが少ない!!
この点に関しては本機の場合、SN比は117dB、メーカー製が90dB(実測)ですから、
その差がそのまま表れています。
以上のように「標準的な回路構成による」ヘッドホンアンプを製作しました。
あらためて、このような簡単な構成、回路でも「そこそこの結果」が出たのではない
かと思います。
自分で製作したものには愛着がわきます。
どうでも良いことなのですが、本機の名称を「DHP-1」と名付けました。
しばらく、このDHP-1が筆者のメインアンプになりそうです。