ゼロドリフト・アンプとは

目 次

オペアンプを用途、性能、機能等で分けると、「汎用」、「高速」、「Rail-to-Rail」などがありますが、この中で「チョッパー型」と呼ばれるものがあります。

特長を一言で言うと、オフセット電圧およびドリフトを最少(またはゼロ)にしたオペアンプです。

 
 
主なゼロドリフト・アンプ
メーカー 型番 動作電圧 Rail-to-Rail Vos(max) 温度ドリフト
(/℃)
GBW(MHz) チョッピング
周波数
TI OPA334
OPA335
2.7V~5.5V × 5μV 0.02μV 2 10KHz
AD AD8628
AD8629
AD8630
2.7V~6V 5μV 0.002μV 2.5 15KHz
AD AD8551
AD8552
AD8554
2.7V~6V 5μV 0.005μV 1.5 4KHz
AD AD8571
AD8672
AD8674
2.7V~6V 5μV 0.005μV 1.5 2KHz~4KHz
可変
リニアテク LTC1049 4.75V~16V ×
入力はGND
センス
10μV 0.1μV 0.8 約1.2KHz
~2.4KHz

一般的なオペアンプは必ず「オフセット電圧」が存在します。
オフセット電圧が無視できない場合、図1のようにオフセット調整を行います。
この場合、調整直後は良いのですが、時間経過または周囲温度の変化によりオフセット電圧は変化します。

図1 図2

このように時間経過、温度変化によってオフセット電圧が変化(変動)することを「ドリフト」と言い、特にセンサなどで直流を含んだ小さい信号を増幅する場合、問題になります。

図3

ドリフトは汎用オペアンプ(例えば、NJM4558、LM358等)では規定していません。

したがって、ドリフト量を想定することが出来ないので図3のような用途では問題となる場合があります。
これに対し、高精度オペアンプ(例えば、OP-07等)ではドリフトは以下のようにデータシートに記載されています。

TIのOP-07Dの場合
オフセット電圧 250μV(入力換算)
オフセット電圧ドリフト 2.5μV/℃(入力換算)

オフセット電圧のドリフトは「XXμV/℃」と表現し、例えば、2.5μV/℃の場合、温度変化1℃あたり2.5μV変化(変動)するという意味です。
10℃変化すれば 2.5μV×10=25μV の変化になります。
オペアンプでは必ずドリフトが存在し、ゼロにすることは出来ません。
これに対し、オフセット電圧およびドリフトを最少(またはゼロ)にしたものがあり、このようなオペアンプを以下のように呼んでいます。

チョッパ・アンプ
チョッパ・スタビライズド・アンプ
ゼロドリフト・アンプ

半導体メーカーによっては以上のように呼び方が異なるようなのですが、このまめ知識ではゼロドリフト・アンプと呼んで話を進めます。

市販のゼロドリフト・アンプ

★方式

実際の製品(ゼロドリフト・アンプ)は時代とともに方式等が進歩し、現在では、ゼロドリフト・アンプの方式として以下の3種類が主流のようです。

オート・ゼロ方式
チョッパ方式
オート・ゼロとチョッパを組み合わせた方式

それぞれ特徴があるのですが、オート・ゼロ方式以外の動作原理は少し難解なので、オート・ゼロ方式について解説します。なお、メーカーによってはオート・ゼロ方式を「チョッパ安定化型」(Chopper-Stabilized)と呼びます。


★オート・ゼロ方式の動作原理

この方式は内部にて自動的にオフセット電圧を補正します。
図4にブロック図を示します。

+IN、-IN、VouTはオペアンプの各入出力端子に相当するもので、実際には非反転アンプ、反転アンプを構成するために外部抵抗(入力抵抗、フィードバック抵抗)を接続します。
内部で「MAIN AMP」と「NULL AMP」の2つのアンプがあり、信号入力に対してはMAIN AMPが受け持ち、NULL AMP(ヌル・アンプ)はMAIN AMPのオフセット電圧Vaと自身のオフセット電圧Vbの検出用アンプです。

SWA、SWBは各信号経路をON/OFFするためのもので、内部の発振回路によりスイッチします。
この方式は信号経路(MAIN AMP)はスイッチしないので、信号が途切れることがありません。
C1,C2はオフセット電圧の記憶用で、製品によって、このコンデンサを外付けするもの、または内蔵済のものがあります。
NULL端子はオフセットを補正する機能です。

図4

動作は2つのフェーズ(動作状態)に分かれ、以下、フェーズA、フェーズBとして説明します。

(フェーズA)

図5のようにこのフェーズではSWAがONし、SWBはOFF状態です。
NULL AMPは信号経路から切り離され、自身のオフセット電圧Vbが入力され、この出力をコンデンサC2で保持(充電)します。

C2はNULL端子に接続されているので、これによりNULL AMPのオフセットを補正します。MAIN AMPはC1の電圧を利用しながらオフセットを補正し、通常のオペアンプと同様に動作します。

図5
(フェーズB)

フェーズBでは図6のようにSWAがOFFし、SWBはON状態です。 この場合、NULL AMPはフェーズAで補正したものがC2に保持されて、オフセット補正済です。MAIN AMPのオフセット電圧VaがNULL AMPに入力され、このNULL AMP出力がC1に保持されながらMAIN AMPのオフセットを補正します。

図6

それ以後、フェーズA→フェーズB→フェーズA・・・を繰り返します。
この繰り返し周期をチョッピング周波数と言います。

図6

以上のように動作しますが、時間的な矛盾があるかもしれませんが、あくまでも、動作イメージとして考えてください。

使用上の注意点

★基本的には扱える信号周波数はチョッピング周波数の半分まで

オート・ゼロ方式は内部のMAIN AMPにて信号を途切れなく増幅しますので、チョッピング周波数より高い周波数でもオペアンプとして動作します。

しかし、常にオフセットを監視していますので、信号に対して「サンプル動作」をしていると言えます。
これにより、ADコンバータと同様に、チョッピング周波数(サンプリング周波数)より高い周波数成分に対しては「折り返し雑音」が発生します。
したがって、一般的には扱える周波数は「チョッピング周波数の半分まで」です。

折り返し雑音については理解しておくことが必要ですので、以下、アナログ信号をサンプリングする例で説明します。
図7 a ) のように元の信号を再現するにはサンプリング周波数が信号周波数より十分に高いことが必要です。
しかし、図7 b ) のようにサンプリング周波数が信号周波数より低いと、元の周波数より低い周波数(成分)となってしまいます。

元の成分が再生可能な条件は「標本化定理」というものがあり、「必要な周波数成分の2倍以上でサンプリングすればよい」というものです。

図7

目的とする周波数より高い周波数成分があってもこの成分は再現できないわけですが、ここで問題なのは、図7 b ) のように低い周波数成分となって現れ、これが不要な成分(ノイズ)となることです。

このような不要な成分は「折り返し雑音」(または、折り返しひずみ)と呼ばれます。
新たに生じる成分をFrとすれば、サンプリング周波数Fsと以下の関係があります。

Fr = Fs ± Fx

他にもあるのですが、複雑になるので上式のみで話を進めます。

例えば、図8のようにサンプリング周波数Fsを1KHzとした場合、どのように折り返し雑音が発生するか説明します。

ここでは各周波数成分を以下のようにします。

増幅したい信号Fo 100Hz
サンプリング周波数Fs 1KHz
他の周波数成分F1 700Hz 他の周波数成分F2 1.2KHz


F1に対しては Fr = 1KHz ± 700Hz = 1.7KHzと300Hz
F2に対しては Fr = 1KHz ± 1.2KHz = 2.2KHzと200Hz

このような成分が新たに発生し、高い成分1.7KHzと2.2KHzを無視して作図したものを図8に示します。

図8

ここで、サンプリング周波数Fsの1/2の周波数を「ナイキスト周波数」と言い、図8の例ではナイキスト周波数は500Hzです。200Hz,300Hzなどの新たに発生した成分は「ナイキスト周波数を基準に紙を折ったように見える」ので前述のように「折り返し雑音」または「折り返し信号」と呼ばれます。

以上のように折り返し信号(雑音)が発生し、この成分は目的とする信号成分と近い場合、その除去が難しくなります。 折り返し雑音の除去はAD変換(サンプリング)する前にナイキスト周波数以上の成分を除去しておくことが必要で、図9のようにローパスフィルタ(LPF)を設け、特にこのフィルタを「アンチエリアシング・フィルタ」と呼びます。

図9 図10

★サンプリングクロックの漏れが出力される

ゼロドリフト・アンプは内部でサンプリング(チョッピング)しているので、出力にこの漏れが出てきます。このレベルはICの型番により異なるのですが、この「漏れ」が信号に対して無視できない場合、図11のように出力側にもフィルター(LPF)を設ければ、低減させることが出来ます。

図11

製品紹介

表2に主なゼロドリフト・アンプを示します。

コンデンサを内蔵済なので通常のオペアンプと同様に扱うことができます。
また、表2にある型番はすべて単電源動作可能でRail-to-Railのものもあります。
他にも特徴的なものもありますが、詳細はメーカーのデータシートを参照願います。

表2 主なゼロドリフト・アンプ
メーカー 型番 動作電圧 Rail-to-Rail Vos(max) 温度ドリフト
(/℃)
GBW(MHz) チョッピング
周波数
TI OPA334
OPA335
2.7V~5.5V × 5μV 0.02μV 2 10KHz
AD AD8628
AD8629
AD8630
2.7V~6V 5μV 0.002μV 2.5 15KHz
AD AD8551
AD8552
AD8554
2.7V~6V 5μV 0.005μV 1.5 4KHz
AD AD8571
AD8672
AD8674
2.7V~6V 5μV 0.005μV 1.5 2KHz~4KHz
可変
リニアテク LTC1049 4.75V~16V ×
入力はGND
センス
10μV 0.1μV 0.8 約1.2KHz
~2.4KHz

折り返し雑音の観測と対策

★折り返し雑音の観測

折り返し雑音の実験を行ってみました。

図12のように、信号波(本来、増幅したい信号)を20Hzとし、不要な信号波430Hzと混合(MIX)したものを加えます。
この時用いたICのサンプリング(チッピング)周波数は実測247.5Hzです。
この場合、
430Hz - 247.5Hz = 182.5Hz 430Hz + 247.5Hz = 677.5Hz の2つの成分が発生し、FFTアナライザの観測結果を波形1に示します。

図12 波形1

波形1の縦軸は信号の大きさで単位はdBVです。1目盛が20dB、一番上が0dBV,一番下が-120dBVです。
横軸は周波数で1目盛100Hz、右端が1KHzです。

アンプの利得は約+60dBで、信号波および不要信号波は-80dBVの入力レベルですから、出力は、 -80dBV + 60dB = -20dBV となっています。
また、サンプリングクロックの漏れ(247.5Hz)も観測されます。

新たに発生する成分182.5Hzと677.5Hzも観測され、特に低い成分に注目します。

これが信号波と近い場合、その除去は難しくなります。
波形1の例では182.5Hzの成分は-56dBVの大きさですが、ICの型番によって、大きさは異なります。

★対策

折り返し雑音の除去はゼロドリフト・アンプの前にナイキスト周波数以上の成分を除去するローパスフィルタ(LPF)を設けます。
図13にアンチエリアシング・フィルタ例を示します。この例ではカットオフ周波数は約33Hzです。
波形2に、このフィルターを用いた場合を示します。これにより、折り返し雑音は見えていません。
参考として図14にフィルター特性を作図したものを示します。
(作図における特性ズレはご容赦願います)

図13 波形2 図14

サンプリングクロックの漏れ対策

 

★IC出力側にフィルタを設けると低減できる

 

サンプリングクロックの漏れはIC内部で発生するので、前段のアンチエリアシング・フィルタで取り除くことは出来ません。
このような場合、図15のようにICの出力側にR2,C2のLPFを設けることで漏れの低減ができます。

図15

波形3に図15の回路、定数の場合での結果を示します。
フィルターのカットオフ周波数はこの例では約33Hzです。

フィルター部のR2と負荷抵抗との抵抗比率により、若干の信号ロスが発生しますが、このロス分を無視すれば、約15dBの改善効果です。

なお、サンプリングクロックの周波数はIC(型番)により異なります。
参考として図12で用いたIC以外のサンプリングクロックのアナライザ波形を波形4~波形6に示します。
波形4の型番は周波数が3.85KHzです。漏れのレベルは-72dBVですから、図12より小さいです。

波形5の型番はクロック周波数が固定ではなくランダム可変なので、FFTアナライザでは観測できませんでした。

波形6の型番はクロックの基本周波数が2.175KHzで、これの高調波も観測されます。

波形3 波形4 波形5 波形6

まとめ

今回はドリフトが最少(またはゼロ)であるゼロドリフト・アンプを紹介しました。
一般的なオペアンプにはない折り返し雑音などの現象がありますが、オフセットが問題となるようなアプリケーションでは有効な手段です。
コンデンサ内蔵タイプはピン配置が一般的なオペアンプと同じですので、折り返し雑音、サンプリングクロックの漏れ等が問題にならない用途ではそのまま置き換え可能です。

参考文献

オート・ゼロ方式の動作原理については以下のデータシートを参考にしました。
アナログデバイセズ AD8571/72/74 データシート
i