レールツーレール・オペアンプLMC6482を活用した集音装置の設計 その1

目 次
 

シミュレーションのすすめ

昨今、LTSpiceなどフリー(無償)で「電子回路シミュレータ」が入手できる時代になりました。パソコンさえあれば、回路を製作しなくとも、事前に動作確認をすることができます。

これにより、設計効率が上がり、また、回路学習にも利用できます。

  1. 定数ミス等の単純ミスが防げる
  2. 回路構成の不備を事前に防ぐことができる
  3. 回路学習に最適

特に、①などの単純な定数ミスの防止には有効な手段です。

図1はオペアンプを用いたフィルタの回路例ですが、フィルタの計算結果には端数がつきものです。

図1 ローパスフィルタの設計

ずいぶん昔、筆者がこのようなフィルタ設計を初めておこなった時のことです。なにぶんにもフィルタ設計は初めてなので、定数計算結果に「自信」がもてません。
これで間違いありませんとも言えず、「内緒で」実験基板を製作し、特性を測定してみました。

図2 特性がとれているか、ものすごく心配

要求仕様(特性)は満足しているようでしたが、部品のバラツキを考慮した場合の特性までは予測できません。とりあえず、特性は良さそうですが「100%の自信」がありません。

このような場合、わざわざ、実験基板を作らなくても回路シミュレータを用いれば部品バラツキを含めたシミュレーションができますので、設計に自信が持てます。

②の回路構成の不備などは、図3のように特性を満足するためには「実はもう1段追加」しなければならなかった場合です。

図3 実は、もう1段回路を追加しなければならなかった場合

部品定数の変更だけであれば基板には影響ありませんが、回路追加の場合、部品が増えることになります。つまり、図4のようにフィルタ部の面積が大きくなり、最悪の場合、他の回路部が基板にのらない恐れがあります。

図4 回路構成の不備が後からわかった場合

このような回路構成による特性の違いについてもシミュレーションを行うことにより事前に防ぐことが可能です。

③の回路学習については、めんどうな基板作りが省けますので、学習に集中できます。

はんだ不良、接続ミス等がありませんので、回路ミスなのか製作ミスなのか区別でき、回路変更、定数変更もすばやくできますので回路学習に最適です。また、波形観測機能、各種測定機能も準備されていますので、すばやく動作結果を確認できます。

以上のように電子回路シミュレータを用いることは大変有効な手段です。

用いる電子回路シミュレーター

用いる電子回路シミュレーターは「LTspice」です。(無償) 半導体メーカーのリニアテクノロジー社のホームページからダウンロードします。

ダウンロードおよび操作方法についてはさまざまな雑誌、書籍で紹介されていますので、ここでは省略します。

オペアンプ LMC6482を活用した集音装置のシミュレーション

製作した集音装置は聴こえやすさを考慮し、意識して周波数特性を決めています。
オーディオ的には周波数特性は「広域で平坦な特性」が望ましいのですが、用いたヘッドホンとの組み合わせ、集音の対象に合わせて、特性を決めました。

周波数特性は抵抗、コンデンサの定数組み合わせ、用いるオペアンプの特性で決まります。そこで、どのように定数を変えたら、周波数特性が変わるのかをLTspiceを用いて確認することにします。

シミュレーションのサンプル・ファイルを、こちらからダウンロードいただけます

▼回路

周波数特性のシミュレーション用回路を図5に示します。オペアンプの部品番号は初段部を「U1」、後段部を「U2」としています。

図5 シミュレーション回路

周波数特性を見るシミュレーションコマンドは「ACAnalysis」です。
周波数特性は出力電圧と入力電圧の比で表わされ、各周波数における「ゲイン」を表し、単位は「デシベル」です。

周波数特性

シミュレーションを行うための「Label net」「VIN/VOUT1/VOUT2」のようにしています

VINはC2を通った後のラベルで、これが入力信号で、OUT1、OUT2はU1,U2の出力信号となります。「Label netコマンド」により設定してください。
また、入出力の比(ゲイン)を見るために、「Add Traces to Plot」の表示部にある「Expression(s) to add」の欄に以下の文字を入力してください。

V(VOUT1)/V(VIN)

このように設定するとVINとU1の出力であるVOUT1の周波数特性を見ることができます。
また、 V(VOUT2)/V(VIN) とすれば、VINと全体の出力であるVOUT2の周波数特性となります。

★オペアンプ単体での電圧ゲインと周波数特性

図6のように R5 = 47K R6 = 470Ω とした場合の電圧ゲインAv1は101倍で、これをデシベルで表わすと、約+40dBです。
(以下、ことわりのない限り、プラスのゲインの場合、プラス記号は省略して表現します)

図6 U1のゲイン

この値はすべての周波数においてではなく、図7のようにDC(直流)から「ある程度の周波数まで一定」で、それ以上の周波数では低下します。

低下しはじめるポイントを「高域におけるカットオフ周波数」と言い、一般的な記号は「fc」です。
また、このポイントは平坦部に対して「-3dB」の大きさで、「-3dB」は倍率で言いますと「1/√2」です。図7の例ではfcのゲインの大きさは「37dB」となります。

図7 実際の周波数特性

また、ゲインが平坦な領域はゲインが小さいほど広がり、図8のようにfcも右方向に移動します。

図8 ゲインと周波数特性

このようにゲインの設定値によって周波数特性が変わる理由は「負帰還」とオペアンプ自身の「オープンループゲイン」による関係です。

オープンループゲインとは、負帰還をかけない状態でのオペアンプ自身のゲインで、図9の赤線のような特性をしています。

図9 オープンループゲイン

DCから低い周波数までは一定の値(図9の例では110dB)ですが、数10Hzから高い周波数領域では直線的に低下します。

この低下領域では「横軸×縦軸」の値は一定で、この積を「GB積」と言い、オペアンプのデータシートでは「Gain-Bandwidth Product」のパラメータ名で、記号は「GBW」で掲載されています。

横軸は周波数、縦軸はゲインですからGB積の単位はHzとなり、図9の例では3MHzです。例えば、ゲインが60dB(1000倍)になる周波数は 3MHz/1000=3KHzと計算できます。

図9の低下(傾斜)部は「-6dB/oct」の傾きになっていますが、この特性は、いわゆる「汎用オペアンプ」の場合で、途中から傾きの度合が変わるオペアンプもあります。
このオープンループゲイン特性を利用すると、負帰還をかけた後の増幅器の周波数特性が予想でき、この時の増幅器としてのゲインを「クローズドループゲイン」と言います。

少しむずかしい言葉ですが、前記、図6のように通常の負帰還増幅を行った時のゲインのことです。

例えば、図10のオープンループゲインの特性(赤線)をもったオペアンプを用いた場合、40dBの増幅器(青線)を構成すると、横軸をまっすぐ右に延長した線が赤線のオープンループ特性とぶつかったポイントまでが一定のゲイン(図10の例では40dB)になり、このポイントが高域におけるカットオフ周波数です。

図10 オープンループゲインとクローズドループゲイン

以上のように用いるオペアンプのオープンループゲインが分かれば、増幅器の設定ゲインにより、高域のカットオフ周波数(つまり、周波数特性)が予想できます。
図10では作図によりましたが、図9のようにGB積と周波数の関係から計算しても良いです。

(60dBの場合) 3000KHz / 1000 = 3KHz
(20dBの場合) 3000KHz / 10 = 300KHz

図11に各クローズドループゲインによる周波数特性を示します。

図11 各クローズドゲインと周波数特性

例えば、低域から100KHzまでを平坦に40dB増幅したい場合、図11のGB積を持ったオペアンプでは、1段の増幅器でゲイン設定を40dBにしても、100KHzのポイントよりかなり前の周波数で、すでにゲインが低下しています。

したがってこのような場合、図12のように増幅器1段あたり20dBの設定にしたものを2段構成すれば目的を達せられます。

図12 2段構成にする

ここで注意しておきたいことは図13のようにオープンループゲインとの横軸との交点では実際には-3dBとなっていることです。

図13 実際の特性

したがって、オープンループゲインとの関係は少し余裕を持ったものとし、シミュレーションを行って確認する必要があります。

★2段増幅とした理由

集音装置のゲインは全体で60dB、扱う高域周波数は10KHz程度を考えています。
用いるオペアンプはNJM4558などの汎用オペアンプを想定し、NJM4558のGB積は3MHzで、これを基準に考えた場合、1段増幅で60dBのゲイン設定をすると、前述のようにカットオフ周波数は3KHzとなり、目的を達せられません。

そこで、2段増幅とし、全体のゲインが60dB、高域でのカットオフ周波数が10KHz以上となるように構成しています。
もちろんGB積の大きいオペアンプを用いれば1段構成は可能ですが、数MHzのGB積をもった各種オペアンプを比較したく、このような2段構成としています。

ちなみに、集音装置の実験で用いた各種オペアンプのGB積(GBW)は以下のとおりです。

表1 実験で用いたオペアンプのGBW
NJM4558 3MHz
NJM4580 15MHz
LMC6482 1.5MHz
★オペアンプ自身の周波数特性をシミュレーションする

周波数特性を決める前に、オペアンプ自身の周波数特性を見てみます。

図14にオペアンプ自身の周波数特性をシミュレーションする回路を示します。Ltspiceには新日本無線、ナショセミなどのメーカーの部品モデルはありません。
NJM4558など実際に用いる部品モデルを入手しなくてはなりませんが、ここではLtspiceで準備されているモデルを用いることにします。

このシミュレーションでは「LT1492」を用い、GB積は5MHzです。図14ではコンデンサ、抵抗の一部を定数変更しています。
元々の集音装置では周波数特性を操作していますので、図14の定数にすれば、オペアンプとしての特性をシミュレーションすることが出来ます。

図14 オペアンプ自身の周波数特性シミュレーション回路

図15にゲイン設定を約40dBにした場合のシミュレーション結果を示します。

また、データ1にLTspiceでのシミュレーション画面を示します。LT1492のGBWは5MHzですから、40dB(100倍)のゲイン設定の場合、高域でのカットオフ周波数は、5MHz/100=50KHz と予想され、シミュレーション結果も、ほぼ、この値です。

図15 40.08db時の周波数特性 データ1 :40.08時のLTspiceシミュレーション画面

前述のようにゲイン設定を小さくすれば、高域でのカットオフ周波数が高くなりますので、20dBに設定した場合のシミュレーション結果を図16に示します。

図16 :20.8時の周波数特性

以上のように、高域のカットオフ周波数は用いるオペアンプのGBWで、ほぼ、予想することが出来ます。
表2に各種オペアンプのGBWを示します。同じゲイン設定でも用いるオペアンプで周波数特性が異なることを確認してみてください。

表2 各種オペアンプのGBW
LT1638 1.2MHz
LT1211 14MHz
LT1361 50MHz

レールツーレール・オペアンプ LMC6482を活用した集音装置の設計 その2 につづきます(近日公開予定)

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