ロボットといわれて,皆さんは何を思い浮べるでしょうか。マンガであればドラえもんや鉄腕アトムなどを,実在する最近のロボットであればホンダのASIMOやソニーのAIBOなどを挙げられる人が多いかと思います。
本当に実現するかどうかは別にしても,「人や動物と同じように考え・動き,できれば力持ちの働き者で,人の代わりに仕事を自動的にやってくれれば」,これが究極のロボット像といえましょう。
ASIMOやAIBOはその発展途上にあり,このロボット像が部分的に実現できているものといえます。これからロボットの仕組みについて説明していきますが,ロボットそのものを考える前に,その目標となる人の動きや考え方についてみていきましょう。
■「人間の動き」を目標にする 〜Aさんの歯磨き
Aさんは毎朝歯みがきをします。洗面台の前に立ってからのAさんの動作を追いかけてみます。
図1.Aさんのはみがき
@まず,家族の歯ブラシの中から自分の青い歯ブラシを見つけて手に握ります。
Aそれから歯みがきチューブのキャップをはずし,ブラシに歯みがきを適量つけて口元へ持っていきます。
以上の動作は,寝ぼけながらもほとんど無意識にできる,人間にとってはたやすい動作です。では、これをロボットにさせてみましょう。どのような判断や機構が必要になるでしょうか。
ロボットがAさんと同じ行動をするためには,はじめに,自分の歯ブラシを見つけなければなりません。
そのためにはロボットに映像を判断できるカメラの機能(視覚)が必要になります(図2)。カメラによって,歯ブラシの形と色を見分けます。
図2 ロボットによる自分の歯ブラシ認識と行動(つかむ)
物体が歯ブラシの形をしていて,色が青であれば,その方向に腕を伸ばし,手で歯ブラシをつかみます。そのためには,腕や指およびその関節の機構を用意して,それらを上手に動かして,正しい位置と力で歯ブラシをにぎらなければなりません。
同じように,歯みがきチューブの形を見出し,もう片方の手でそれを正しくつかんで,チューブから適量だけ歯みがきをブラシに押し出す必要があります。
図3に,セガトイズから10年程前に発売された手の模型「芸手(ゲーテ)」を示します。実際の人間の手のしくみよりはずっと単純ですが,よくできた模型で関節が14個あります。音楽に合わせて指が動きますが残念ながら動きは単純で,歯ブラシをつかめるようなものではありません。
歯ブラシをつかむためには,「芸手」程度の手でもモータなど14個の関節を動かす仕組みとそれをコントロールするコンピュータを用意する必要があります。14個のものを同時に考え動かすのはたいへんですが,人間はそれをいとも簡単にこなしています。
図3 手の模型「芸手(ゲーテ)」(14の関節から構成)
■力の加減が難しい
歯ブラシを握るためには,関節の機構だけでは十分ではありません。ブラシを落とさず,かつ馬鹿力で柄を壊さないように適度な力で握る必要があります。
チューブの方はなおさらです。チューブを強く握りすぎると中身がみんな飛び出てしまうし,適当な力でも握りつづければ中身がどんどん出てしまうので,適量になったら力を緩めるような操作が必要になります。
人の手には触点(または圧点)とよばれる力を感じる場所が数千あり,これにより手に加える力を微妙に調整しています(図4左)。ロボットの手にはそれほどの数は必要ないかもしれませんが,人間の手と同じように各指に圧力を感じる仕組みを用意し,そこからの信号で関節の動きをコントロールしなければなりません。
図4右には有機トランジスタでつられた圧力センサが示してあります。手の構造に合うように柔らかく,また1個1個が小さくできていますが,人間の触点にくらべるとまだまだ大型で,数もずっと少ないです。
このように,人間がほとんど無意識に行っている動作をロボットにさせようと思うと,さまざまな機構とそれをコントロールする仕組み・命令が必要になり簡単には実現できそうにないことがわかるかと思います。
図4 皮膚にある力を感じる触点(左図)とそれを模した有機トランジスタから作られた圧力センサ(右図)
ここまで説明しましたロボットの歯みがきの仕組みをまとめてみましょう。
【必要な装置】
(1)センサ系
:周辺をみる装置(カメラ)
:つかんだときの力を測る装置(圧力センサ)
(2)制御系
:物の形・色・力などを判断する装置(コンピュータ)
(3)駆動系
:腕と手など,物をつかむ装置(アーム・モータ)
【必要な機能】
(1)もの(歯ブラシ・歯みがきチューブ)を探す
「探す」は、「みる」「判断」「動作」の三つの機能から構成されています。
▼みる:カメラで周辺をみる。
▼判断:カメラのデータを調べて,対象となるものと,形・色が一致するかどうかを判断し,腕や指に命令を送る。※必要なデータは、歯ブラシの形,歯みがきチューブなどの形状,青,赤などの基本な色
▼動作:判断が一致したら対象のものの方向へ腕を伸ばしつかむ。
(2) もの(歯ブラシ・はみがきチューブ)を持ち上げる
「持ち上げる」は、「触る」「判断」「動作」の三つの機能から構成されます。
▼触る:指で歯ブラシの柄やチューブに触れ,つかむ力を測る。
▼判断:つかむ力が適当かどうかを判断し,指・腕に命令を送る。
※必要なデータ−ブラシの柄やチューブをつかむのに適当な力(圧力)
▼動作:判断に応じて指の力を強めたり弱めたりしながら腕でものを持ち上げる。
同様に,カメラと圧力センサ,腕や指の機構とコンピュータがあれば,チューブから歯みがきを出すなどの動作はできそうですが,複雑な動作になればなるほどそれを実現するのは容易ではありません。
また,例えば,誰かがいたずらをして,歯みがきチューブの代わりに形も色も似たような練りわさびチューブを置いたとしましょう。人間でしたら,口にブラシを入れる前に,わさび特有のつんとするにおいで,あるいは口に入れてからでも,わさびと歯みがきの味の違いはすぐにわかるでしょう。しかし,においを感じたり,味を感じたりする仕組みのないロボットでは,そのまま歯みがきを続けるしかありません。これを避けるために,ロボットには更に次のような仕組みが必要となります。
(3)においを判断する
においを判断するには、次の三つの機能が必要です。
▼かぐ:においセンサを歯みがきに近づけにおいを測る。
▼判断:においが歯みがきかそれとも他のものかを判断する。
▼動作:においが歯みがきであれば歯みがき動作を続ける。そうでなければ歯みがき中止する。
以上のように,人間は,日常生活の中で色,におい,力など様々な情報を外部から取り入れ,それに基づいて判断を行い,次の動作を決めています。現在のロボットはそのほんの一握りの部分ができるだけなのです。
今まで触れてこなかった「ロボットとは何だろう」について考えます。
実はロボットについて明確な定義はありません。動かないロボット人形でもガンダムでも自分がロボットと思ったものはすべてロボットと呼んでかまわないのです。ですが,ここでは次のように考えましょう。
これまでみてきた動作@−Bは図5のような3つの共通動作としてまとめることができます。人間の動作のほとんどはこの3つになぞらえることができます。
そこで,「感じ」「考え」「動く」ことを行う能力が備わっていて,人間のように多くのことはできなくても,1つでもまとまった動作ができるものであれば,それをロボットと呼びましょう。ロボットは,外部からの情報をセンサで「感じて」,その情報により次の行動を「判断し」,モータなどを「動かす」,この3つがそろったものといえます(これをロボット3原則と呼ぶことにします)。また,外部から情報を受け取ることを入力,モータなどへ信号を送ることを出力といい,入力から適切な出力を得ることがコンピュータの役割となります。また,普段,何気なく目にしている機械のうちかなりのものがロボットであるといえます。
図5 ロボットの基本動作(3原則:感じ・考え・動く)
見た目はロボットらしくなくても,ロボット3原則(感じ,考え,動く機能をもったもの)をあてはめて考えてみるとロボットと呼べる身近な機械,装置をいくつか紹介します。
図6 自動改札機(不正乗車監視の駅員ロボット?)
@ 自動改札機
図6は,駅の改札口にある自動改札機です。乗降客の入れた切符の情報を判断して,不正な乗車であったり、切符がない乗降客の場合は,扉を閉じてブロックするものです。切符の情報は磁気センサなどで読み取り,人が通ったかどうかは赤外線で読み取っています。自動改札機のロボット3原則は,
感じる:磁気(切符の情報),赤外線(人の通過)。
考える:切符が正しいかどうかを判断。
動く:不正乗車であれば扉を閉じる,正常であれば開く。
のように表すことができ,駅員さんの代わりをするロボットといえます。
A エアコン
エアコンといえば冷暖房が主な目的でした。その目的のために温度センサが付いていて,設定温度より室温が高かったり低かったりすると,風速・風向や熱交換用コンプレッサの回転をコントロールして適切な温度に室内を保つものでした。しかし,最近のエアコンは同じ冷暖房でもかなりロボット化しています。例えば,温度センサといってもセンサ付近の温度だけを感じる普通のセンサではなく,赤外線を用いて床の温度を測定して床付近の温度を最適にすることができたり,同じく赤外線センサで人(動く物体)の位置を感知して,人のまわりの温度を最適化することができるなど,コントロールが高度化しています。
また,温度や湿度だけでなく,ちりセンサ,かびセンサ,二酸化炭素センサなど各種センサも備えていて,それらが基準値を超えると対応する空気清浄装置が働くようになっています。まさにエアーコンディショナの名に恥じないものとなりつつあります。エアコンのロボット3原則は以下のようになります。
感じる:赤外線(温度・人),湿度,ちり,かび,二酸化炭素他。
考える:場所と温度の関係から最適な風速・風向等を考える他。
動く:風向,ファンの回転,コンプレッサの回転,空気清浄機。
エアコンだけでなく,身のまわりの電化製品で「マイコン搭載」とうたっているものは,ほとんどロボット化しているといえます。電子レンジ,洗濯機などのロボット3原則を考えてみるとよいでしょう。
図7 各種センサを備えたエアコン
B 自動追尾カメラ
最近のデジタルカメラは,人の顔を認識してその部分にフォーカスを合わせ,露出を調整して,顔が美しく写るような機能を持っています。これでも立派なロボットといえますが,もっとロボットらしく人の顔を追いかけるカメラもあります。
図1.1.9はQcamOrbit(ロジクール社)というインターネット用のカメラです。カメラで捕らえたデジタル画像のうち,人の顔と思われる部分を認識します。その部分が移動するとカメラもその動きに合わせて首を振り,常に顔が中心となる方向を保ちます。ここで重要になるのはカメラで捉えたデータの中から顔の部分を認識し,さらに動きにも対応するという画像認識の技術です。小さくても高速なコンピュータとデータ処理の技術の進歩により初めて可能になりました。
図8 人面追尾ロボットQcamOrbit(顔の動きに合わせてレンズが動く)
人面追尾ロボットの3原則は以下のとおりです。
感じる:映像(カメラ)。
考える:画像データから人の顔とその動きを認識する。
動く:カメラレンズの方向とフォーカスを人の顔に合わせる。
以上に紹介した3つのロボットは,自分では動かない(移動しない)のでロボットらしくないと感じますが,これら3つのロボットにとって動くことは必要ないのです。駅の改札やエアコンが勝手に動いたらかえって困るでしょう。ロボットは自分の役割の範囲で「感じ」「考え」「動ければ」よいのです。
その意味で,2足歩行ロボットというのは今のところ「人間のまねをしたい」以上のものではありません。地上を走る・水中を泳ぐ・空を飛ぶ,どれをとっても,それらを得意とする他の生物にはかなわないことからも明らかです。ガンダムも人型ではなく,機能美を追及したものであればもっと強くなれるかもしれません。でも,将来2足歩行というのは大きな意味をもつことがあるのかもしれません。この節を終わるにあたり,皆さんで2足歩行ロボットの将来を考えてみましょう。
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※永田照三 戎俊男 太田信二郎 江藤昭弘 水野隆 石野健英 藤間信久 東直人 井上修次『作って学ぶ ロボット入門講座』より