デバイス

7MHz AM真空管式送信機の実験 第2回 変調器編 −SSM2166活用

◎変調器アンプの検討

★スピーカアンプIC
変調器の電力増幅には半導体(IC)を用いることにします。ここで問題なのは出力電力です。
送信機出力を1W程度とすればNJM386などのスピーカアンプICを用いることができますが、送信出力2~3Wを想定すると低周波出力電力は1W以上が必要です。
1WクラスのスピーカICといえば従来からあるLM380などが考えられます。
ただし、出力電力は電源電圧により異なります。今回は12Vの電源電圧なので、この電圧で1W以上が得られるか各ICのデータを取ることにしました。データ比較するICは以下の3つです。

 

(LM380N-N)
電圧利得34dB
パッケージ DIP14
電源電圧範囲 10V~22V

(LM4755TNOPB)
電圧利得34dB
パッケージ TO220 9pin
電源電圧範囲 9V~40V

(TPA1517NE)
電圧利得20dB
パッケージ DIP20
電源電圧範囲 9.5V~18V
LM380についてはご存じの方が多いと思います。古くからあるDIPパッケージのスピーカアンプICです。
LM4755はステレオです。ミュート回路内蔵で電源電圧範囲が広く、パッケージはTO-220です。TPA1517もステレオで、パッケージはDIP20、Standby機能などもあります。詳細は各データシートを参照願います。

 

★ひずみ率を測定
アンプとしては波形がひずまないでなるべく大きな出力が得られることが望ましいです。
しかし、実際には図12のように波形クリップ(波形ひずみ)してしまいます。
波形クリップが始まるレベルは電源電圧に依存し、電源電圧が低いほど波形クリップしやすくなります。
したがって、波形ひずみが少なく大きな信号を得るには電源電圧を高くすれば良いのですが、今回は電源電圧が12Vです。
そこで、各スピーカアンプICのひずみ率特性を測定することにしました。

0.1W~1Wまでの各出力に対するひずみ率特性を表1、グラフ1に示します。
LM380の場合、0.7Wを超えるあたりからひずみ率は1%以上になります。参考として各ひずみ率における波形を写真13~写真15に示します。
ICにより必ずこのような波形になるとは限りませんが、波形が少しクリップを始める付近が1%前後で、10%では上下ともにクリップします。
この例では波形のプラス方向が最初にクリップしていますが、ICによってはマイナス方向からクリップする場合もあり、クリップではなく波形ひずみになることもあります。
目安としてオシロスコープで波形観測した場合、ひずみが分かる程度が1%前後です。

 

表2は各ひずみ率(1%,3%,10%)における出力です。同じ電源電圧でもICによって得られる出力が異なります。
今回の装置はオーディオ用途ではありません。許されるひずみ率をいくつにするかは考え方次第ですが、3%を規定値とすれば、得られる最大出力は概略、LM380→0.8W、LM4755→1W、TPA1517→1.6Wです。
別な見方をすれば、TPA1517は出力1Wまではひずみ率が約0.1%以下であると言えます。この結果からTPA1517を採用することにします。

 

表1 ひずみ率特性(THD+N LPF = 80KHz)

出力(W)LM380LM4755TPA1517
0.1 0.074 0.18 0.106
0.2 0.066 0.14 0.11
0.3 0.082 0.121 0.115
0.4 0.105 0.11 0.12
0.5 0.13 0.102 0.124
0.6 0.154 0.096 0.128
0.7 0.76 0.092 0.132
0.8 3.57 0.089 0.136
0.9 0.5 0.14
1.0 2.87 0.144

表2 各ひずみ率における出力

LM380LM4755TPA1517
1% 0.707W 0.911W 1.566W
3% 0.787W 1W 1.66W
10% 0.938W 1.288W 1.95W

 

表3 測定条件

電源電圧 12V
THD+N   LPF = 80KHz
周波数 1KHz 負荷 8Ω
使用機材 VP-7723B

 

◎変調器の設計

★回路
マイクアンプはSSM2166を用いたマイクコンプレッサを用い、外付けです。
図13のコネクタJ1がマイクコンプレッサとの接続用で、オペアンプによるHPFに入力され、さらにLCによるLPFを通して音声の不要成分を除去します。
TPA1517はステレオですが、片チャンネルのみを用い、C11は空き入力ピンを交流的にGND接続させる目的です。
変調器自体はHPF、LPF、TPA1517を用いた電力増幅器の構成です。

★HPF(ハイパスフィルタ)
カットオフ周波数約300Hzのハイパスフィルタです。TPA1517の利得は20dBなのですが、外付けのマイクコンプレッサと組み合わせた場合、若干の利得不足になります。
また、後述のLPF部のロス分も見込んで多重帰還型のハイパスフィルタを用い、利得(6dB)を持たせています。
R3、R4はオペアンプを単電源で動作させるためのバイアスを作っています。抵抗値をR3 = R4 とすればオペアンプのプラス端子には電源電圧の半分(6V)が印加され、これによりオペアンプが動作します。

 

R3、R4の値は10kΩ~100kΩの範囲が適当で、今回は定数の種類を増やさない目的でR2と同じ30kΩにしています。
バイアス電圧はノイズのないきれいなものが望まれます。オペアンプはこのバイアスを基準として動作しますので、ここにノイズがあるとオペアンプ出力にもノイズ成分が現れてしまいます。
図14のR3は電源に接続されていますので、電源ラインからのノイズ除去用としてC7を追加しています。
C4は直流カット用コンデンサです。オペアンプ出力は直流の6Vを基準として信号が振れるので、次段に直流成分を渡さないためのものです。

オペアンプは両電源用NJM4558を用いています。NJM4558を単電源の12Vで用いた場合の同相入力電圧範囲は図15 a ) になり、この範囲を超える信号を入力する誤動作します。
余った回路の処理も誤動作しない状態にしておきます。
図15 b ) では入力をGNDに接続すると同相入力電圧範囲を超えてしまうのでNGです。
図15 c ) のように抵抗分割により同相入力電圧範囲となるような電圧を作り、これをオペアンプのプラス端子に接続します。

 

★LPF(ローパスフィルタ)
NJM4558は2回路入りのオペアンプです。1回路余っているので、これを用いてLPFを構成することができます。
しかし、実験目的なので1回路を予備用にするためにLCによるLPFで組んでいます。
この部分は7MHzAM送信機TX2014Aで用いたものを採用し、図16のように入出力インピーダンス690Ωの設計です。
入出力のマッチングをとりますので-6dBのロスが発生しますが、この分も見込んでHPF部に利得をもたせています。

★フィルタのシミュレーション
LPF出力でのフィルタ特性を画面4に示します。低域300Hz近辺からの特性はHPFによるもので、3KHzから上は図16のLPF特性となり、総合的に300Hz~3KHzの通過帯域をもつBPF(バンドパスフィルタ)になります。
HPFの減衰特性はそれほど重要視していません。LPFにSCF(スイッチト・キャパシタ・フィルタ)を用いて急峻な特性にすれば面白いかもしれません。

 

 

◎製作

★部品表
0.1μFのコンデンサはフィルタ部とパスコン用で分けています。
C11はTPA1517の余った入力回路を交流的にGND接続するためのものですが、フィルム系コンデンサを用いる必要はありません。
銅板はTPA1517の放熱器用です。板厚を厚くする必要はなく加工が楽な0.1mmです。銅板ははんだ付けができるので何かと便利です。
LPFのインピーダンスが低いのでオペアンプのドライブ能力が心配されるところです。しかし、扱う信号レベル(振幅)が0dBV前後なので、一般的なオペアンプNJM4558を用いています。
マイクコンプレッサ接続用のJ1は絶縁タイプです。それほど小さな信号レベルではないのですが、とりあえず、GND経路をはっきりさせる目的で絶縁タイプを用いています。

表4 変調器部品表

部品番号品名型番メーカー数量
C1,C2 マイラーコンデンサ 0.01μF EOL100S10J0-9 FARAD 2
C3 マイラーコンデンサ 4700pF EOL100D47J0-9 FARAD 1
C4,C7 ケミコン 1μF/50V 50PK1MEFC Ruby-con 2
C5,C6 マイラーコンデンサ 0.1μF EOL100P10J0-9 FARAD 2
C8,C11 セキセラ 0.1μF 2
C10 ケミコン 2.2μF/50V 50PK2.2MEFC Ruby-con 1
C12,C13 ケミコン 100μF/25V 25PK100MEFC Ruby-con 2
C14 セラコン 100pF 1
IC1 オペアンプ NJM4558D NJRC 1
IC2 オーディオ・アンプ TPA1517NE TI 1
J1 φ3.5ステレオジャック MJ073H マル信 1
L1 チョークコイル50mH TR50MH 1
R1 キンピ抵抗 100Ω、3W 3WMOS(X)キンピR 100オーム KOA 1
R2~R4 カーボン抵抗 1/4W 30kΩ 3
R5 カーボン抵抗 1/4W 180kΩ 1
R6,R7 カーボン抵抗 1/4W 680Ω 2
R8 カーボン抵抗 1/4W 30kΩ 1
VR1 半固定抵抗 10k,B GF063P1B103 東コス 1
XIC1 ICソケット板ばね8P 21208NE Linkman 1
ユニバーサル基板 LUPCB-9572S-R2 Linkman 1
銅板 板厚 0.1mm 適量

 

★製作
TPA1517はICソケットを用いません。
10~20ピンは放熱用なので、これに銅板をはんだ付けします。
銅板の面積をどうするか悩んだのですが、TPA1517のユーザー・ガイドを参考にしました。
はんだ付けは急速加熱(即熱)タイプのはんだごてを用いると楽です。
ちなみに私が用いたのは90Wと15Wに切り替えられるタイプのもので、90Wで銅板をはんだ付けしています。
それ以外の部分はこて先の細い22Wタイプのはんだごてを用い、用途によってはんだごてを使い分けます。

銅板の加工はハサミで切りました。
ICのピンだけのはんだ付けでは固定が不安定なので、ユニバーサル基板の適当なランドへも何か所かはんだ付けします。

オペアンプはICソケット実装です。
NJM4558で問題ないはずなのですが、オペアンプを交換できるようにしておきます。

配線はオーディオ用途ではないので、特に考慮はしていません。
厳密にはTPA1517はパワーGNDとシグナルGNDは分けて配線すべきですが、ユーザー・ガイドにパターン例があります。
オーディオ用途であればこれを参考にされると良いです。

TPA1517を使うのは今回が初めてで、このICはステレオですから片チャンネルのみしか使わないのは少しもったいない気がします。
ステレオアンプにした場合、どのような音なのか興味があるところです。

 

★特性
表5、グラフ2はTPA1517出力での周波数特性です。低域(300Hz近辺)がシミュレーションと比べて特性が落ちているのはTPA1517の出力部定数の影響と思われ、この特性のほうが良いかもしれません。

表5 TPA1507出力での周波数特性
周波数レベル
100 -32
200 -14
300 -7
400 -4
500 -2
600 -1
700 -1
800 0
900 0
1000 0
2000 0
3000 -1
4000 -6
5000 -13
6000 -17
7000 -21
8000 -25
9000 -28
10000 -31

 

次回は全体の組み上げと評価を行う予定です。

 

7MHz AM真空管式送信機の実験 第1回 終段増幅器編 はこちら

7MHz AM真空管式送信機の実験 第3回 製作編 はこちら

 

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