オーディオ

真空管式ヘッドホンアンプの実験 実験編

◎トランスの選択

ヘッドホンをドライブする5極管は図15のように出力トランスを用います。
実測データからトランスの真空管側のインピーダンスが3kΩ時に最大出力が得られそうです。
オーディオ的には最大出力ではなくひずみ率の少ない負荷インピーダンス値が望まれますが、予想される出力が小さいので最大出力優先のトランスを選択することにしました。

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ヘッドホンのインピーダンスは色々な値があります。
すべてのインピーダンスに対応するのは無理なので、図15のようにヘッドホンを33Ωとして進めることにします。
今回はプリント基板で製作、実験を行うことを考えています。
SANSUIの信号用トランスSTシリーズの規格を調べてみると、3kΩ:33Ωはありません。
そこで、巻き数比からこのインピーダンス比にならないか検討してみました。
トランスの巻き数とインピーダンスの関係を図16の②、③式に示します。
例えば、巻き数比が10のトランスの二次側に8Ωを接続すると、一次側からは800Ωに見えます。
次に、このトランスの二次側に33Ωを接続すると今度は二次側からは3.3kΩに見えます。

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手持ちのトランスをいくつか測定したものを図17および表1に示します。
ST-32は1200Ω;8Ω、ST-45は600Ω:10Ω用のトランスで二次側に33Ωおよび8Ωを接続した場合の出力です。
真空管用3kΩは型番が不明なのですが、3kΩ:8Ω用のものです。

出力値はひずみ率が10%となった時の値で、下の欄は一次側から見たインピーダンスの計算値です。
この結果から3kΩに近い場合に出力が上がることが分かります。
後で気づいたのですが、表1以外のトランスとして同じSANSUIのST-33は巻き数比が9.5:1なので33Ω負荷ですとベストな気がします。
8Ω負荷はスピーカを想定した値です。
今回の実験はヘッドホン用途ですが、参考用としてデータを取ってみました。
ST-32の場合、0.8mWですが、この値でも静かに聴くには良いかもしれません。
とりあえず、ST-32で設計を進めることにします。

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◎負帰還の有無

写真3のようにトランスの実験を兼ねて各定数を決めて一通り組んでみました。
波形ひずみは予想していましたが、写真5のとおりです。
波形が左にかたよって見えます。
この時の出力は33Ω負荷で1mW、ひずみ率は5.2%です。
バイアスなどを調整すれば少しは良くなるのかもしれませんが、かなり面倒な作業になりそうです。
そこで、思い切って負帰還をかけてみることにしました。
図18に回路を示します。
トランスT1の二次側から抵抗R5を追加して3極管部のカソードにあるR2に信号を戻します。
これが帰還回路です。
正弦波は入力信号を基準にした位相関係です。
3極管部のプレートは入力信号に対して位相が反転します。
この信号が5極管のグリッドに入力され、さらに5極管のプレートではこの信号が反転します。
この時点で入力信号とは同相です。
この信号がトランスの二次側に現れますが、同相となるようにトランスを接続すれば、R5→R2(3極管のカソード)の経路で戻され、入力信号と同相になり、これで負帰還になります。

ちなみに、トランス二次側の緑をGND、白をR5に接続すると入力と帰還信号が逆相になり、正帰還になります。
このままでは発振しないと思いますが、発振の条件が揃えば発振します。

写真6は負帰還を行った場合の波形です。
負帰還無しと同じ出力条件1mW時のもので、かなりきれいな波形に見え、ひずみ率は1.2%でした。
この結果から負帰還を行うことにします。

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◎プリント基板の製作

写真7にキーパーツを示します。
すべて基板実装部品です。
トランスのST-32はピンタイプを用いました。
線材による配線はゼロになり、すっきりと仕上げることができます。

▽アウトプットトランス【ST-32P】
http://www.marutsu.co.jp/pc/i/16176/

▽スピーカー用アウトプットトランス 8Ω12:1【ST-32】
http://www.marutsu.co.jp/pc/i/4265/

プリント基板はサンハヤトの感光基板NZ-P10Kです。
図19に部品配置と信号の流れを示します。
当初、縦方向を100mm、横方向を75mmとして考えていたのですが、部品配置をした時点で配線できそうにもなさそうでしたので、横長の配置になっています。

▽クイックポジ感光基板 片面 1.6t×75×100【NZ-P10K】
http://www.marutsu.co.jp/pc/i/64837/

写真8でパターンの太い部分はヒーター配線とGNDです。
ヒーターは電源ON直後では電流が3A近く流れて真空管が温まると約0.8Aくらいに落ち着きます。
したがって、この部分のパターンは太くする必要があります。
部品配置を見た感じでは配線は楽に思えます。
しかし、ヒーター部の配線のおかげで難しいです。
思い切ってヒーター部はパターンではなく線材による配線を考えたのですが、オーディオを意識しないで配線を優先させました。

図19の信号の流れも難しいものです。
一般的に真空管での製作はラグ板およびピン間を部品で直接接続する方法ですから、真空管のピン配置もそれを考慮したものになっているはずです。
ところが、プリント基板を用いるとパターンで迂回させなければならない場合が多いと思います。
図19でも3極管部の配線が入出力がクロスするパターンになっています。
結構難しいです。

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▽アウトプットトランス【ST-32P】
http://www.marutsu.co.jp/pc/i/16176/

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◎製作

久しぶりにミスをしています。
トランス取付時にピン配置がおかしいことに気づきました。
図20にST-32のリード識別を示します。
一次側、二次側で同じ色同士、現物では対角で同極です。
ST-32のリード品は色で識別されているので分かりやすいのですが、ピンタイプは色の識別がありません。
基板設計時に思い込みで極性ミスをして部品登録しています。
このままでは正帰還になってしまいますので、パターンカットで対応しています。

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写真9に完成外観を示します。
基板が小さく見えて6BM8に存在感があります。
写真10に各種ミニワットアンプと並べてみました。
最大出力は12AU7Aアンプが50mW、AD8397アンプが7.5mWです。
6BM8アンプは数mWですが、外観を見ると圧倒されます。
高圧がかかっていないので感電の心配はありません。
ただし、6BM8を触るとやけどする熱さです。
熱電対で表面温度を測ってみると70℃(室温26℃)ほどありました。
ちなみに12AU7Aは触ってやけどするほどでもありません。

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◎電気的特性

★ヘッドホン負荷

表2にヘッドホン負荷(33Ω)時の特性を示します。
ゲイン+7.8dBは倍率で約2.4倍です。
ひずみ率は出力1mW時の値で、実験時データと変わっていません。
SN比は信号とノイズの比率で値が大きいほど性能が良く、約90dBです。
ヘッドホンで聴くとノイズは感じられません。
音楽ソースによっては音源のノイズが良く分かります。
チャンネルセパレーションは信号の漏れです。
ステレオですから片方のチャンネルへの漏れを表し、L→RはLchからRchへの漏れ(クロストーク)です。
値が大きいほど漏れのレベルが小さく、50dBを少し超える値です。
部品配置、GNDパターンなどが影響し、まずまずの結果と思います。
最大出力は規定のひずみ率になった時の出力で測定してみました。
負帰還を大量にかけたアンプと異なり、ひずみ率10%でも波形クリップはしていません。

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波形1はFFTアナライザで観測したひずみ成分です。
写真10の12AU7Aアンプは第2高調波が支配的だったのですが、6BM8アンプでは第3高調波(3KHz)が支配的です。

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グラフ10に周波数特性を示します。
縦軸が1目盛2dBなので特性がうねっているように見えますが、中域から高域にかけてならだかに上昇しています。
低域は少し不足気味で、これらの特性はST-32そのものと思われます。

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★スピーカ負荷

参考としてスピーカ負荷時の出力を表3に示します。
数値的には小さいですが、実際にスピーカで聴くと実用的です。

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◎試聴

音に関する感想は個人差があるので言わないようにしています。
しかし、あえて表現すれば「疲れない音」です。
かなりあいまいな表現ですが、特にスピーカとの相性が良いです。
オール真空管構成でヘッドホンを鳴らすことを目的として製作しました。
設計もヘッドホンを対象として行っていますが、逆にスピーカとの組み合わせが良いように思われます。
スピーカ負荷では1mW前後の出力しか得られません。
ところが仕事をしながらスピーカで聴くには十分な音量です。
音楽ソースは携帯型の小型プレーヤを用いていますが、曲によってはプレーヤの音量ボリュームをかなり絞り込んでいます。
1mWという数値が間違いなのか測定をし直してもやはり1mWです。
仕事場は20畳の広さで、部屋中に音が響き、疲れない音で半日聴いていても飽きません。
やっぱり、自作機はいいですね。

◎電力効率について

今回のアンプを思いついた当初、電力効率がかなり悪いことが予想され、これについてはあまり考えないことにしていたのですが、あらためて考えてみます。
電力効率とは図21のように電源から供給する電力と負荷で消費される電力の比を言います。
今回のアンプで考えると電源は12Vで電流は約0.78A流れ、電力はこれの掛け算ですから9.36W(ミリワットで言えば9360mW)です。
負荷はヘッドホンまたはスピーカになります。
ステレオなのでこれの2倍になりますが計算を簡単にするためにL/Rの合計を1mWとします。

電力効率は1mWと9.36Wの比ですからこれを計算すると0.01%になり、すごい値です。
80%なら分かりますが、0.01%はあり得ない数値です。
電源から消費される0.78Aはヒーターを温める電流で、熱電子を放出させるためです。
1mWの音は9.36Wのエレルギーが凝縮されたものと考えないとやりきれません。

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◎回路図と部品表

図22に最終的な回路と部品表を表4に示します。
バイアス電圧(カソード・グリッド間)の実測値を入れておきました。
かっこがある電圧はGND間との値です。

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用いた6BM8はペア球ではありません。
できればペアであることが望ましいです。
抵抗、コンデンサは特にオーディオを意識して選択していません。
一般的な部品です。
真空管ソケットはプリント基板用ですが、もし実験されるようでしたら、一般的なシャーシ取付用ソケットが使えます。

表4 実験機部品表

部品番号 品名 型番 メーカー 数量
C1,C3 ケミコン 1μF/50V 50PK1MEFC Ruby-con 2
C2,C4 マイラーコンデンサ 0.1μF EOL100P10J0-9 FARAD 2
J1,J2 φ3.5ステレオジャック MX387GL マル信 2
J3 DCジャック MJ179P マル信 1
LED1 HT333GD Linkman 1
R1,R6 カーボン抵抗 10k,1/4W 2
R2,R7 カーボン抵抗 470Ω,1/4W 2
R3,R8 カーボン抵抗 47k,1/4W 2
R4,R9 カーボン抵抗 510k,1/4W 2
R5,R10 カーボン抵抗 1k,1/4W 2
R11 カーボン抵抗 1k,1/4W 1
S1 スライドスイッチ 5FD1-S1-M2-S-E Linkman 1
T1,T2 トランス ST32P 2
V1,V2 真空管 6BM8 2
XV1,XV2 真空管ソケット S1P 2
感光基板 NZ-P10K サンハヤト 1
感光基板用現像剤 DP10 サンハヤト 1

◎まとめ

オール真空管でヘッドホンアンプの実験を行いました。
テーマを実験としたのは本来、6BM8などは200Vくらいの電源で動作させるものです。
しかし、12Vの低電圧でヘッドホンを鳴らすには十分な音量でこれには満足しています。
スピーカ負荷に対しては期待していませんでした。
それでも1mWの出力が得られ、迫力のある音量とはいきませんが実用的なレベルであることが分かりました。
写真11は他の電力増幅管と並べてみました。
一番小さいのが6BM8です。
一番右はEL34(6CA7)でヒーター電流を規格表で調べると1.5Aです。
一番左の真空管などは迫力があり、実験機基板からはみだします。
今回の実験機でレコードを聴きたくなり、これも自作のフォノアンプを接続しようとしたところ音量ボリュームが必要なことに気づきました。
自作のフォノアンプ(資料・技術情報の技術・性能 No.21フォノイコライザーアンプの製作を参照)はトランジスタ式です。
せっかくですから、今回のアンプとペアになる真空管式フォノアンプがあれば、半導体セットにはない違った音が出るのかもしれません。
組み合わせは自由であり、これが自作オーディオの楽しみです。
ちなみに、写真12は愛用のレコード・プレーヤでリサイクルショップで購入したものです。

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