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真空管式ヘッドホンアンプの実験 データ取り編

◎6BM8アンプとペアとなる真空管式EQアンプを製作

以前に12AU7Aを用いた低電圧動作のヘッドホンアンプを製作しました。
電源電圧を12Vとし、ヘッドホンのドライブはトランジスタによる電流増幅の構成でした。
ヘッドホンを鳴らすとなると電力増幅が必要ですが、はたして12V動作でヘッドホンが鳴ってくれるのか不明です。
そこで、実験を目的とした図1 b ) のA級シングルアンプの構成で行います。

▽真空管(MTミニュチュア管)9ピン【12AU7】
http://www.marutsu.co.jp/pc/i/17877/

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◎真空管を決める

図2にステレオ構成案を示します。

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図2 a ) は電圧増幅に12AU7Aなどの双3極管を用い、電力増幅は単独の5極管です。
この場合、真空管は3本(3球と言います)必要です。
これに対し図2 b ) の構成は3極管と5極管を1本の真空管の中に収めた複合管を用いれば2球で済みます。
実験が目的ですから本数の少ない複合管構成とします。
手持ちの中から写真1の6BM8を採用することにします。

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◎3,4,5極管の違い

★3極管と4極管

3極管は図3 a ) のように、プレート、カソード、グリッドの3つの電極から構成され、カソードから熱電子が放射され、これがプラス電極のプレートにたどりついて電流が流れます。
これをグリッドにマイナスの電圧を与えることにより電子を制御し、これが増幅作用になります。
4極管は3極管に第2のグリッドG2(これをスクリーン・グリッドと言います)を追加し、プラスの電圧を与えることにより電子の移動を加速させて能率を上げたものです。
また、これにより電極間容量が少なくなって高周波まで安定に増幅することができます。

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★4極管から5極管

第2のグリッドを追加した4極管で電子を加速することにより能率が上がりましたが、この場合、2次電子の影響があります。
2次電子とはカソードから放出された電子が加速されてプレートにぶつかるとプレートから新たな電子が発生され、これを2次電子と言います。
放出された2次電子はプラス極性である第2グリッドにひかれて結果としてプレート電流が減少するなどの影響がでてきます。
この2次電子の影響を解決するためにさらに第3のグリッドG3(サプレッサー・グリッドと言います)を追加したものが5極管です。
G3をカソードまたはマイナス電位などに接続することにより2次電子をプレートに戻すことにより安定な増幅が得られます。
各グリッドの名称はG1がコントロール・グリッド、G2がスクリーン・グリッド、G3がサプレッサー・グリッドです。
G3はカソードまたはGNDなどに接続しますが、真空管によっては内部でカソードに接続済のものがあり、6BM8は内部接続済です。

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◎データをとる

★3極管部

図5に測定回路を示します。
3極管部は電圧増幅用途で抵抗負荷になりますのでプレート電圧は1V~15Vまでとしています。
各プレート電圧時におけるプレート電流とグリッド電圧の関係を測定します。
ヒーターは6Vで行っています。
規格では0.78Aの消費電流で、実測0.79Aでした。

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グラフ1に3極管部のEp-Ip特性を示します。
負荷抵抗47kΩ時の負荷線を作図しています。
グリッド電圧Egが0.3V以上では間隔がかなりつまった特性です。

負荷抵抗47kΩ時の負荷線を作図してみました。
仮に動作ポイントをEg=0.2VにしてEgが±0.1V変化すると波高値が異なり、波形ひずみが発生することが予想されます。
動作ポイントおよび負荷抵抗を調整すれば波形ひずみの度合が少なくなりそうですが、とりあえず、このような特性であることが確認できました。

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グラフ2はプレート電圧Epが6V時のEg-Ip特性です。
参考として以前にデータを取った各真空管の特性も合わせて作図しています。
ただし、バラツキがありますので必ずこの特性になるとは限りません。

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図6に今回のデータから読み取った3極管部の三定数を示します。
Ep = 6V ,Eg = -0.2V 時の条件です。
波形ひずみは別として R = 80kΩ とすれば、26.7倍の電圧増幅度です。

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★5極管部

図7に5極管部測定回路を示します。G2は12V固定です。

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グラフ3にEp-Ip特性の実測値を示します。
3極管の特性と異なり、プレート電圧によってプレート電流の変化が少ない特性です。
具体的には各特性の傾き(⊿Ep/⊿Ip)は内部抵抗を表しているので、変化が少ないということは内部抵抗が高いということです。
5極管部はトランス負荷でヘッドホンをドライブする目論見なので、トランスインピーダンス3kΩの負荷線をグラフ3に作図してみました。
動作点をEp = 12V,Eg = -0.4V にすればA点とB点まで最大に振幅します。
この時の出力電力Pは①式で表わされます。
電力Pは電圧×電流です。
8で割っているのは実効値にするためです。
各数値をグラフから読み取って計算すると3.86mWです。
数値的には小さいですが、実際にヘッドホンで聴くと大きな音量です。

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グラフ4にEg-Ip特性を示します。
グラフ3とグラフ4から読み取った5極管部の三定数を図8に示します。
6BM8は本来の動作条件(プレート電圧200V)では出力は3Wほど得られます。
12Vなどの低電圧動作ではプレート電流値が小さいですから3.86mW出力は仕方のないことです。

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★3極管接続

3極管と5極管はグラフ1およびグラフ3のように特性が異なります。
5極管のプレートと第2グリッドを図9のように接続すると3極管と同様の特徴(特性)になります。
グラフ5にEp-Ip特性を示します。

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3極管接続した場合のEp-Ip特性はグラフ3の特性とかなり異なることが分かります。
同様に3kΩの負荷線を作図してみました。
Ep = 12V,Eg = -0.5Vのポイントを動作点とすれば最大出力が5極管時と比べて減少することが分かります。
グラフ6は3極管接続時のEg-Ip特性です。
グラフ4とさほど変化していないように見えます。

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図10に5極管時と3極管接続時の三定数をまとめたものを示します。
相互コンダクタンスはさほどの変化はないように思われます。
特徴的なのは内部抵抗rpがかなり変化していることで、3極管にすると内部抵抗が小さくなります。
増幅回路の内部抵抗と負荷インピーダンスとの比をダンピング・ファクターと言い、音質に関係すると言われていますが、私にはその違いが分かりません。
今回は6BM8を12Vの低電圧でヘッドホンをドライブしようというわけですので、最大出力を優先して5極管で用いるつもりです。
3極管接続はスイッチなどで簡単に切り替えられそうですから、切り替え方式にしておくと面白いかもしれません。

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◎接合型FETとの比較

以上、6BM8のデータをとりました。
真空管の特性になじみのない方が多いと思いますので、身近な半導体で比較してみます。
真空管はカソードから放出されてプレートへ向かう電子をグリッドで制御するデバイスですが、半導体では接合型FETも電圧制御する方式です。
図11にnチャネル接合型FETの動作原理を示します。
N型とp型の2つの半導体から構成され、n型半導体の両端にドレインとソースの2つの電極を設け、p型半導体に電極のゲートを設けたものです。
この場合、n型半導体の電子がドレイン・ソース間に接続された電源VDSのプラスに引かれて電流が流れます。
この流れる量はゲート・ソース間にマイナスの電圧を与えることによって、p型とn型の間に空乏層ができて制御されます。
3極管との対応ではゲート→グリッド、ソース→カソード、ドレイン→プレートです。

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グラフ7は手持ちの中からnチャネル接合型FETのドレイン電圧VDSとドレイン電流IDとの関係を実測したもので、5極真空管のEp-Ip特性に対応します。
ゲート・ソース間電圧VGSが0V~-0.7Vの範囲では各特性間隔が均等のように見えます。
つまり、波形ひずみが少ないということです。
試しに負荷抵抗5.6kΩの負荷線を作図してみました。
動作点をVGSが-0.4Vとし、入力に±0.1Vの変化を与えても上下の波形が均等になるように見えます。
ドレイン・ソース間電圧VDSが4V以上の領域ではドレイン電流IDがほとんど変化していない(飽和)ように見え、この領域での特性を5極管特性と言います。
また、VDSが3V以下での低い領域での特性を3極管特性と言います。

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グラフ8はVDSが5V時のゲート電圧VGSとドレイン電流IDとの関係です。
(5極管で言えば、Eg-Ip特性)実測した2SK30ATMは任意に選んだもので、バラツキがありますので、すべてこの特性になるとは限りません。

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真空管の三定数と同じように図12に2SK30ATMの各定数を示します。
真空管の内部抵抗rpに相当するのはドレイン抵抗rdで180kΩとデータから読み取りました。
相互コンダクタンスgmは2SK30ATMのYランクでしたので約2mSほどです。
電圧増幅度Avはgmが小さいので10.7倍です。
回路図の各定数は計算値から近いE24系列の中から選択しています。
実際に回路を組んで出力波形をオシロスコープで観測してみるときれいな波形でひずみは感じられません。

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参考としてトランジスタの場合を図13に示します。
トランジスタのgmは動作電流(コレクタ電流)で異なるのですが、図12の動作電流に近い1mAでの値です。
内部抵抗に相当するのはhパラメータの出力コンダクタンスhoeの逆数です。
この値を100kΩと仮定すれば電圧増幅度Avは206倍です。
電圧増幅度だけ見るとトランジスタが有利ですが、今回のようなヘッドホンアンプの電圧増幅用途であれば、前記図6の3極管で十分です。

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◎第2グリッドG2について

第2グリッドG2は12V固定電圧で測定していますが、この値を変えると増幅度が変化します。
今回のようなヘッドホンアンプ用途では可変にする必要性はありませんが、参考用としてデータをとってみました。
図14のようにG2電圧を可変とした場合の増幅度をグラフ9に示します。
G2の電圧が12V時の増幅度を0dBとしています。
G2電圧が小さくなるほど増幅度が低下していきます。
このへんが5極管の面白いところです。

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◎データ取り編のまとめ

6BM8の3極管部については20倍以上の電圧増幅度が得られることが分かりました。
波形ひずみはデータから予想され、気になるところです。
負帰還が必要になるのかこれについては次回の実験で確認するつもりです。
5極管部は12Vの低電圧動作ですから数値的に得られる出力が小さくなります。
スピーカドライブですと少し不足気味ですが、ヘッドホンであれば問題ないように思います。
写真2に測定に用いた機材を示します。
プレートおよびG2電源はキー設定できるタイプなので測定スピードが上がりました。

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参考資料・文献

「ラジオ工学教科書 第1部第3巻」 財団法人 ラジオ教育研究所 昭和29年
「ステレオ・アンプの設計自由自在」 奥沢清吉 著 誠文堂新光社 昭和44年
「オーディオ用真空管マニュアル」 一木吉典 著 ラジオ技術社 昭和62年

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