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【技術情報】真空管式フォノイコライザーアンプの製作 実験編

◎6BM8アンプとペアとなる真空管式EQアンプを製作

以前に低電圧動作の6BM8アンプを実験、製作しました。
このアンプは小型デジタルオーディオプレーヤなどが音源です。
これにレコードプレーヤを接続するためにはフォノイコライザーアンプが必要です。

図1のようにレコードは低音低下、高域増強の特性で録音されています
レコードプレーヤはこれを電気信号に変換し、MM型カートリッジなどでは5mV程度で出力されます。
これをアンプで必要な大きさに増幅すれば良いわけですが、このままでは録音前本来の音と異なってしまいます。
そこで、レコード録音特性と逆特性のアンプで増幅すれば、本来の音が再現され、このようなアンプをフォノイコライザーアンプと言います。
(以下、EQアンプと呼びます)また、このような逆特性をRIAA再生特性と言います。
EQアンプは半導体式が考えられますが、せっかくですから、ペアとなる真空管式EQアンプを製作しましたので紹介します。

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◎NF型とCR型

EQアンプは周波数特性がRIAA再生特性になるアンプです。
形式としていくつかあるのですが、代表的な2つの形式であるNF型とCR型を図2に示します。
EQ素子はRIAA再生特性となる回路です。
具体的には抵抗、コンデンサを組み合わせてRIAA再生特性となるようにしています。
NF型は負帰還アンプの構成になっていて、負帰還部が抵抗のみであれば周波数特性はフラット(一定)ですが、この部分にEQ素子を入れることによりRIAA再生特性になります。
CR型はアンプ部の周波数特性を操作しないで、EQ素子でRIAA再生特性を得ています。

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図3にNF型の回路例を示します。
R6,R7,C4,C5がEQ素子です。
入力(V1のグリッド)に対してV1のプレート信号は位相が反転します。
さらにV2で増幅するとこれが位相反転しますので、結局、V2の位相は入力信号と同じになります。
これをEQ素子を経由してV1のカソードに戻していますので、入力とは同位相になり、抵抗R2があるのでV1のグリッド信号は減算されて負帰還になります。

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参考として図4にオペアンプを用いたNF型を示します。
回路自体は見慣れた非反転アンプです。
帰還部にEQ素子を入れることによりRIAA再生特性を実現できます。
回路的に非常にすっきりした形です。

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図5はトランジスタで構成した例です。
Q1とQ2で直結アンプを構成し、位相関係はQ1のベースとQ2のコレクタは同位相です。
Q3のエミッタフォロワは原理的になくても良いのですが、回路の出力インピーダンスを低くすることと、ドライブ能力を上げる目的で入れています。
Q3はエミッタフォロワですから、エミッタはQ2のコレクタと同位相です。
これをEQ素子を通してQ1のエミッタに戻していますので、これもQ1のベースと同位相になりますので負帰還です。
真空管を用いた図3およびトランジスタによる図5の負帰還方式が分かりにくいと思いますので、図6で簡単に説明します。
入力信号(Va)の信号極性をプラスとした場合、結局、Q1のエミッタ(Vb)はベースと同じ位相です。
トランジスタはベース・エミッタ間(真空管ではグリッド・カソード間)の信号を増幅しますので、実際にトランジスタに印加される信号はVaとVbの差分(減算)になるので負帰還です。
図6では極性が分かりやすいように直流信号で表現しています。

なお、負帰還の形には信号の取り出し、注入方法により4つの方式があり、図6の方式は並列帰還直列注入です。
この方式の特徴は回路入力インピーダンスが増加し、出力インピーダンスは減少します。

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図7にCR型の回路例を示します。
CR型にはいくつかの形(構成)があるのですが、この例では2つのアンプ(V1,V2)の間にEQ素子を入れる方式です。
EQ素子でRIAA再生特性となるために、この部分による信号ロスが大きいので前後のアンプ部(V1,V2)にはある程度の増幅度が必要です。
実は私の場合、CR型を製作したことがありません。
今回はCR型で製作することを思い立ち、まずは実験することにします。

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◎CR型による実験

★必要なゲイン

図8にEQアンプの必要なゲインを示します。
EQアンプは自作の6BM8アンプに接続します。
ヘッドホン出力を1mWとすれば、電圧の実効値は0.181Vrmsです。
これをdBVに換算すれば-14.8dBVです。
6BM8アンプのゲインは+7.8dBですから、アンプ入力が-22.6dBVであれば出力1mWが得られます。
カートリッジ(簡単に言うと、レコード針)はMM型の場合、数mVが出力されます。
この値を5mVrmsとし、dBVに換算すると-46dBVです。
したがって、EQアンプのゲインを+23.4dBにすれば6BM8アンプ入力が必要な信号レベル(-22.6dBV)となって、ヘッドホンから1mWの出力が得られます。
ここでは少し余裕を持たせて「+25dB」のゲインを目標とします。

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★RIAA再生特性

図9にRIAA再生特性を示します。

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黒の実線のように折れ曲がり点が3つあり、1KHzのレベルを基準として500Hzのポイントで上昇し、50Hzのポイントで上昇が停止します。
高域方向では2120Hzのポイントで下降する特性です。
これらの特性は直線で作図しましたが、実際には赤の波線のようにそれぞれのポイントで3dBの上昇または低下する特性です。
それぞれのポイントでの周波数を時定数で表わすと、3180μS、318μS、75μSです。
時定数とはコンデンサと抵抗の掛け算で単位は時間(秒、S)です。
図10はCRによるLPF(ローパスフィルタ)で平坦部から-3dBとなるカットオフ周波数fcは①式で表わされます。
この部分でCRを記号Tで表わすと②式になり、さらにこれをTについて解けば③式になり、これを時定数と言います。
RIAA再生特性の折れ曲がり点は決まっているので計算には時定数を用いたほうが楽です。
例えば、2120Hzで降下させたい場合、時定数は75μSですから、④式からCまたはRの値を決めて残りの定数を計算すれば良いわけです。
この例ではコンデンサCの値を入手可能な0.0022μFを先に決めれば抵抗Rは34.09kΩの計算結果になりました。

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★低域上昇の原理

2120Hzのポイントのように下降させるためにはCRによるLPFの構成にすれば良いことが分かります。
低域では500Hzから上昇する特性になり、一般的にCRによる回路では入力信号より出力信号を大きくすることはできません。

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そこで実際には見かけ上低域が上昇する回路を用いています。
図12 a ) のように抵抗Ra,Rbだけの回路では抵抗は周波数特性に影響を与えなく、その特性はフラットです。
また、この時の出力はRaとRbの比率により減衰されたものです。
次に、図12 b ) のようにコンデンサCをRbに直列接続した回路で考えてみます。
Cは周波数によってインピーダンス(リアクタンス)が変化し、周波数が高いほどその値は小さくなります。
(⑤式)例えば、Cを中域、高域に対してインピーダンスが小さくなるような値にしておけば、この帯域ではRa,Rbだけの回路に見えて、その比率に応じて減衰されたフラットな特性です。
低域ではCのインピーダンスが大きくなりますので、RbとCによる直列回路のインピーダンスも周波数が低くなるほど大きくなって、出力Voutも上昇することになります。

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★EQ素子とシミュレーション

図13にEQ素子とLtspiceによるシミュレーション結果を表1に示します。
EQ素子の値は計算値が半端な値になるのですが、入手可能な定数にしています。
5KHz以上での誤差が、やや大きいのですがこれで可とします。
なお、1KHzにおける減衰量は「-25dB」となり、これを考慮してEQアンプの必要ゲインを決めます。

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★バイアス方式

トランジスタ、FETなどと同様に真空管が増幅作用を行うためにバイアスが必要です。
バイアスとは図14 a )のようにカソードを基準としてグリッドにマイナスのDC電圧を印加させることで、実際には b ) およびc ) のカソード・バイアス、グリッド・リーク・バイアスなどの方式があります。

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カソード・バイアスは図15のようにカソードに接続した抵抗Rkでバイアス電圧が作られます。
プレート電流Ipはカソードに流れ、この電流によってRkに電圧降下Vkが発生し、その極性はGNDを基準にするとカソードがプラスです。
また、グリッドには電流が流れないのでVkがそのままグリッドに印加され、その極性はカソードを基準にすればマイナスです。
このようにプレート電流を利用してバイアスを発生させています。
このような方式は自己バイアスとも呼ばれ、参考として接合型FETでの自己バイアス回路を図16に示します。
図16 a ) が自己バイアスの基本形で、ドレイン電流をソースに接続した抵抗Rsでバイアス電圧を発生させています。
図15のRgおよび図16 a ) のRaはどちらもグリッドまたはゲートには電流が流れませんので、この値で回路の入力インピーダンスが決定されます。
なお、図16 b ) の回路はRa,Rbによる抵抗分割で作られた電圧を印加する方式になっていて、素子のバラツキ吸収をさらに改善させています。

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グリッド・リーク・バイアスはバイアスがかかっていないように見えますが、「初速度電流」を利用して、バイアス電圧を発生させています。
グリッドにマイナス電圧Egを印加した場合、グリッドには電流が流れないのですが、Egの値が小さい領域ではわずかに流れ、これを初速度電流と言います。
これを利用して抵抗Rgを接続すればこの電流によって電圧が発生し、これがバイアス電圧になります。
また、この電圧は1V程度までしか得られないので小信号増幅などでしか使えません。

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★初速度電流による入力インピーダンスの低下に注意

実験当初、EQ素子部の回路は図18のように後段アンプV2をグリッド・リーク・バイアスとし、EQ素子のRcをバイアス用として兼ねていました。
この構成にてRIAA再生特性を測定すると低域が規定どおり上昇しません。
試しに真空管を外して特性を測定すると設計値に近い値です。
つまり、真空管を接続することによりEQ素子に影響を与えています。
グリッド・リーク・バイアスにした理由は部品点数削減のためですが、この方式ではグリッドに電流が流れるので、真空管の入力抵抗(グリッド・カソード間を外から見た抵抗)は無限大ではありません。
RcはRIAA特性での低域上昇を制限するための抵抗です。
つまり、真空管の入力抵抗がRcに並列接続される形になりますので低域特性にズレが生じています。

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初速度電流特性を把握していないと今回の例のように特性にズレが生じます。
グラフ1に初速度電流の実測データを示します。
測定に用いた真空管は手元にあったもので、同じ型番でもグリッド電圧Egが小さい領域ではバラツキが大きいようです。
ただし、おおむねEgが-0.7V以上ではグリッド電流は0.1μA以下の結果でした。

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グラフ1の特性からバイアス(グリッド電圧)は理想的には-0.7V以上必要です。
しかし、電源電圧が12Vの低電圧動作ですから、このポイントに設定すると増幅動作しません。
そこで、EQ素子に影響を与えない必要最小限のバイアス電圧とし、図19の自己バイアスにしています。

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以上のようにグリッド・リーク・バイアスは真空管の入力抵抗に関係しますので、この抵抗値が問題になる場合、注意が必要です。

★回路構成とレベルダイヤグラム

図20のように増幅はV1,V2,V3による3段です。
真空管に12AT7を用いた場合、電源電圧12Vでは+20dBほど得られます。
通常の100V~200Vなどの電源電圧であれば+30dBほどです。
12AU7Aなどでも良いですが、12AT7のほうが増幅度が大きくなります。
レベルダイヤグラムのようにMM型カートリッジ出力は「-46dBV」ですから、初段のV1部で+20dB増幅すると「-26dBV」です。
EQ部は-25dBの損失(ロス)がありますので、EQ出力部V2で「-51dBV」です。
これを最終的に「-20dBV付近」までにV2,V3にて増幅します。
V2を+13dB、V3を+18dBとした理由は実験的にひずみ率が最小となる組み合わせでした。
最終出力段はJFETによるソースフォロワです。
この部分の電圧増幅度はほとんどありませんのでこれを0dBとすれば出力「-20dBV」となります。

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真空管で構成していますので、本来は図21 a ) のカソードフォロワが望まれます。
低インピーダンス出力で次の機器(6BM8アンプ)に接続することが目的です。
しかし、12V動作では12AT7などの電圧増幅管では十分なプレート電流を流すことができなく、JFEによるソースフォロワにしています。

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とりあえず、目的の出力レベルおよびRIAA再生特性が実験にて確認することができました。
写真1に実験風景を示します。
カットアンドトライで希望の出力およびひずみ率が少ないポイントとなるように定数を決めています。
写真2は実験機シャーシの様子です。
このシャーシはなにかのレポートで登場しているかもしれません。
この状態で音を聴いてみました。
少しノイズっぽいですが、期待が持てそうです。
次回はちゃんとしたケースに収めて評価したいと思います。

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真空管式フォノイコライザーアンプの製作 製作編はこちら

参考資料、文献

・「ステレオ・アンプの設計自由自在」 奥沢清吉 著 誠文堂新光社 昭和44年

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