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ハイブリッドヘッドホンアンプの製作 設計・製作編

◎回路

★アンプ部

アンプ部の回路を図22に示します。
真空管V1は結局、12AU7Aを用いています。
V1で電圧増幅を行い、このままではヘッドホンなどの重い負荷を駆動できないのでトランジスタによる電流増幅を行います。

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真空管は「12AU7A」というタマですが、この型番の付け方の意味は次のとおりです。
参考文献、資料によると12AU7Aは12AU7のノイズ改良と書かれています。

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トランジスタ部の回路は「ダイヤモンドバッファ」と呼ばれるもので、NPNとPNPを組み合わせたエミッタフォロワの構成になっています。
つまり、エミッタフォロワですから、電圧増幅は無く、電流増幅を行っています。
真空管のC電源、これはバイアスですが、R1により行っています。
R5もバイアスに関係してくるのですが、この主な役目は増幅度を下げることです。
前回レポート時の実験データではカソードをGNDに接続し、プレート抵抗が47kΩ(R3)の場合、増幅度が10倍でした。
ヘッドホンアンプとしてはこの値は多きすぎます。
そこで、増幅度の調整用としてR5を入れています。
最終的に増幅度は約3倍としています。
C1,C3は直流カットコンデンサです。
R15は接地抵抗ですが後述するミューティング回路の時間調整を兼ねています。

図22の電流バッファにはダイヤモンドバッファを用いていますが、電流増幅が目的ですからこれ以外の方法でも良いと思います。
真空管を低電圧で用いることが目的ですので、当初図23の方法を考えていました。
オペアンプをバッファに用いる方法です。
部品点数が少なく小型に仕上がります。
ただし、用いるオペアンプには電流駆動能力の大きいものが必要です。
結局、回路が簡単なことは良いのですが、面白みがないのでこの方式はやめました。

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★ミューティング回路

電源ON直後ではトランジスタ部の出力は不安定で、これによりヘッドホンから「ボッ、ブツ・・・」などのノイズが聴こえ、これを「ポップ音(ノイズ)」と言います。
ポップ音のレベルが大きいと不快ですから、これを防止(緩和)するミューティング回路を設けています。
図24のように出力が安定したところでヘッドホンに接続することによりポップ音を防止することができます。
つまり、電源ONから一定時間経過後にヘッドホンを接続すれば良いわけです。

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遅れ時間の発生は今回の場合、図25のようにコンデンサと抵抗による充電を利用し、コンデンサ両端電圧が徐々に上昇し、トランジスタがONする電圧までの時間で、約3秒ほどの設定にしています。
リレーを駆動するトランジスタはダーリントン接続です。
充電用Rの値が大きくなるのでベース電流が不足します。
2SC1815Yをダーリントン接続して少ないベース電流でも十分にリレーが駆動できるようにしました。

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トランジスタがONするまでの時間はR,Cの定数とベース電圧により決まる(DELAY時間)。
C6の両端電圧が徐々に上昇し、トランジスタがONとなる電圧でトランジスタがONし、これによりリレーもONする。

電源OFF時にもポップ音が発生します。
(図26)このポップ音は電源ON時と比較し、ノイズレベルはそれほど大きくあいません。
電源スイッチに2連を用い、スイッチ操作によるリレー駆動回路をOFFにすることによりポップ音の緩和を行っています。

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今回のミューティング回路は図25のようにCRの充電を利用した回路ですが、図27のようにマイコンを用いる方法もあります。
この方法は以前に製作したスピーカアンプに採用したものです。

C言語によるプログラムのmain関数部も図27に示します。
delay_ms(500)とは500msec待つ関数です。
output_low(x)およびoutput_high(x)はかっこの中で定義されるポートをLまたはHにする関数で、例えば、output_low(rly)はrlyで定義されたIC3の7ピンをLにします。
LですからLEDに電流が流れて点灯します。
output_high(rly)ではHになるのでLEDは消灯。
これを500msec毎に繰り返して点滅動作です。

500msecの待ちを10回行っていますから、これで電源ONから5秒経過します。
その時点でLEDを点灯し、リレーをONして、その後はなにもしないプログラムです。
ミューテンングはリレーを一定時間経過後にONするだけですからマイコンを使うようなおおげさなものではありません。
ただし、マイコンによる方法はDELAY(遅れ)時間が正確です。
マイコン用に別電源が必要になりますが、このような方法もあるということを紹介しました。

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◎製作

写真6のように部品はすべて基板実装です。

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左側が感光基板による手作りで、右側が基板メーカーで作った基板です。
私の場合、手作りによる試作で動作、性能等のチェックを行ってから基板メーカーで作ってもらいます。

◎電気的測定

★主な電気的測定

表5に主な項目の測定結果を示します。
比較として以前に製作レポートしたAD8397を用いたヘッドホンアンプ(ただし、基板は基板メーカーで製作)と市販のオーディオメーカー製ヘッドホンアンプです。
測定に用いた電源はメーカー製は付属のACアダプタ、AD8397アンプは内蔵乾電池です。
12AU7Aアンプは市販のスイッチング式ACアダプタを用いる仕様なのですが、場合によっては特性値が電源の影響を受けます。
そこで、測定結果の再現性を良くする目的でメーカー製のシリーズ型安定化電源を用いました。

(ひずみ率)
1KHz(基本波)とそれ以外の成分との比。
パーセントで表示。ひずみ率の定義には高調波とノイズを含めたTHDNと純粋な高調波を対象としたTHDがある。
今回はTHDN(LPFに80KHz)で測定。
(SN比)
信号対雑ノイズの比率。
デシベルで表示。数値が大きいほどノイズが少ない。
(チャンネルセパレーション)
一般的にクロストークと呼ばれる。
ステレオ機器の場合、Lch→RchまたはRch→Lchへの漏れ信号。
デシベルで表示。数値が大きいほど漏れが少ない。

各ヘッドホンアンプはGAINが異なります。
つまり、各電気的測定の基準が異なってしまうので、GAINの一番小さいAD8397アンプの入出力レベルを基準としました。
簡単に言いますと、AD8397アンプの規定出力7.5mWが得られる入力信号レベルを基準(固定値)とし、各アンプはボリュームを調整して出力7.5mWにします。
実際の使用でも出力100mWで聴くことはほとんど無いと思います。
7.5mW出力はヘッドホンで聴くと私には丁度良いレベルです。

12AU7A AD8397 メーカー製
ひずみ率 Lch 2% 0.0017% 0.026%
Rch 2.30% 0.0017% 0.026%
SN比 Lch 89dB 109dB 80dB
Rch 89dB 109dB 80dB
チャンネル L→R 53dB 61dB 74dB
セパレーション R→L 53dB 61dB 70dB
(条件)
出力 7.5mW (33Ω)
ひずみ率はTHDNLPF80KHz
SN比およびチャンネルセパレーションはJIS-Aフィルタ
入力レベルはAD8397アンプを基準とし、周波数1KHz

表5の結果からAD8397アンプがひずみ率、SN比において桁違いに良い性能です。
メーカー製アンプのSN比は80dBとかなり悪いです。
この機種は以前に比較用として購入したのですが、すごくノイズが耳障りで比較になりませんでした。
AD8397アンプは109dBと一番良い数値で、ヘッドホンで聴くと無音です。
チャンネルセパレーションは各アンプの数値がおよそ50dB~70dBとバラバラです。
この数値差が実際の音でどうなるかは私には分かりません。
ひずみ率も各アンプの数値差が大きいです。
「数値が良いから音が良い」とは限りません。
12AU7Aアンプのひずみ率は約2%と桁違いに悪い値ですが実際に音楽を聴いてみると、ひずみは私には感じられません。
写真7に1KHz正弦波のアンプ出力波形を示します。
上がひずみ率2%時の12AU7Aアンプ、下がひずみ率0.0017%時のAD8397アンプの波形です。
12AU7Aアンプは反転アンプ、AD8397アンプは非反転アンプなので位相が逆になります。
このままですと波形比較が分かりにくいので、オシロスコープでAD8397アンプ波形を反転させて観測しています。

ひずみ率が数%になる波形は、例えば正弦波のカーブはきれいだが、ピークが少しクリップする場合、または、クリップはしていないが正弦波のカーブが少し曲がっているなどいろいろあります。
写真7では波形クリップは無く、カーブもきれいな正弦波に見え、AD8397アンプ波形と同じように見えます。

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★ひずみについて

オシロスコープの波形ではひずみ具合が分かりません。
どのようなひずみ成分があるのかFFTアナライザで観測した結果を波形1に示します。
横軸が周波数で左端が0Hz、右端が10KHz、1マス1KHz間隔です。
縦軸が電圧レベルで単位はDbvです。
一番上が0dBVのライン、1マス20dbです。
出力が-6dBV、つまり0.5Vrms(約7.5mW)としたときの波形です。
1KHzを入力していますのでこれが基本で、2倍、3倍、4倍・・・・の高調波が観測されています。
第2高調波(2KHz)が支配的のようで、-38.93dBVの大きさです。
基本波が-6dBVですから、その差は32.93dBです。
パーセントに換算すれば2.2%です。

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波形2のAD8397は第2、第3高調波しか見えません。
THDNは全高調波とノイズを含んだひずみ率の定義です。
第3高調波以降とノイズ成分を無視すれば0.0017%をデシベルに換算すれば-95dBです。

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波形3のメーカ製アンプは高調波がまんべんなく出ていて、第3高調波が一番レベルが多いです。
ノイズも波形の底が他のアンプより上のラインになっていますのでノイズ量が多いのも分かります。
以上のように各アンプのひずみ成分を観測しましたが、そもそも、比較することに意味が無いように思います。
12AU7Aアンプ以外は負帰還アンプです。
負帰還アンプの身近な例として図28にオペアンプ増幅回路(非反転アンプ)を示します。
ひずみ、またはノイズはオペアンプのオープンループゲインAが大きいほど、帰還率が大きいほど低減されます。
簡単に言いますと、仕上がりゲインが小さいほど性能が良くなります。
具体的には同じオペアンプであれば、2倍のアンプのほうが5倍のアンプより性能が良くなります。

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今回の真空管アンプは図29の回路です。
入力信号E1に対してプレートとGND間の波形は位相が逆です。
カソードは抵抗R5があるので、E1とは位相が同じです。
真空管はグリッドとカソード間の信号を増幅します。
分かりやすいようにE1,E2を電池記号で表現したものが図29 b ) です。
電池の向きに注意してください。
実際にグリッドとカソード間に入力される信号はE1とE2の差分(引き算)です。
つまり、R5がある回路は負帰還回路になります。
負帰還の効果はR3とR5の抵抗比率などに関係するのですが、真空管自体の増幅度が小さいのD、負帰還というより、増幅度調整用の意識が強いです。

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参考として図30にトランジスタでの回路例を示します。
両方とも抵抗REがありますが、コンデンサCEが無いと負帰還になり、その時の電圧増幅度Avは相互コンダクタンスgmとRc,REの関係になります。
Gmの値が多きければ1/gmを無視することができるので、電圧増幅度AvはRcとREの比率で決まります。

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結局、今回の回路は図29のように形としては負帰還になっていますが、オペアンプ回路と異なり帰還量がわずかですから、ひずみ率の数値だけで比較しても意味がありません。
真空管のひずみ率は参考文献などによると数%が普通のようです。
ひずみ率が低電圧動作時にどうなるのか私には分かりません。
測定結果では2%くらいになりましたが、真空管の特性からこの値が正しいのか考えてみました。

図31はEp-Ip特性のグリッド電圧Egが0V~-0.2V近辺を拡大したものです。
プレート電流は必ず負荷抵抗線上を移動します。
例えばバイアス電圧(Eg)を-0.1Vに設定すればこの時のプレート電流は0.196mAです。
この状態から±0.1Vの交流信号をグリッドに入力するとプレート電流は0.228mA~0.167mAに変化します。
交流入力信号がない時にプレート電流は0.196mAですから、プラス方向とマイナス方向の電流変化値が異なります。
つまり、上下非対象の波形になり、これがひずみ波形です。
図31では分かりにくいと思いますので図32に特性の違いを示します。
図32 a ) では各Eg値特性の間隔が同じです。
この場合、プレート電流は上下対称の波形になりひずみは発生しません。
これに対し図32 b ) のように間隔が異なると上下の波形が非対象になります。

このように上下の高さが異なるのは図33のように第2高調波の成分がある場合です。
プラスの半サイクルでは基本波と第2高調波は位相が同じですから、これを合成すれば波高値が高くなります。
マイナスの半サイクルでは今度は位相が逆ですから、合成波形の波高値は小さくなります。
厳密な合成はもう少し複雑になりますが、図33はイメージ合成です。

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以上のようにプレート電流はプラス方向の変化量が多くなり、プレート電圧から見れば図34のようにマイナス方向が高くなります。
アナログオシロスコープではこの差が分かりにくいので、デジタルオシロスコープで波形の最大値、最少値を測定してみると確かにその差があるのが分かります。
これでもひずみ具合が分かりませんので、グリッドの波形とプレートの波形を比較することにしました。
位相は逆になりますので、プレート電圧波形を反転させてレベル調整を行い、重ね合わせて観測します。
ほんの少しズレているのが分かります。
このズレがひずみ率2%と言われてもこれで良いのか悪いのか判断することができません。

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スピーカを鳴らす電力増幅管などはひずみ率の数値が書かれているのですが、12AU7Aなどの電圧増幅管にこの項目があるのは少ないです。
電力増幅管のひずみ率は数%ですが、電圧増幅管も同程度なのかもしれません。
一般的に最大出力は規定のひずみ率になった出力です。
スピーカアンプなどはひずみ率10%、ヘッドホンアンプなどは3%または1%などで規定することが多いと思います。
そこで、ひずみ具合が分かるような10%時の波形を観測したものを写真8,9に示します。
上が入力信号、下が出力信号です。
同じひずみ率10%でもひずみ具合が異なります。
12AU7Aアンプでは少し歪んだ(ゆがんだ)波形ですが、写真9のメーカー製アンプは波形クリップしています。

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◎組みわせ例

写真10の組み合わせで聴いています。
電源には少し電流容量が多いのですが、スイッチング式のACアダプタ(12V/1A)を用いています。

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◎オール真空管方式のアイディア

今回の方式は図35 a ) のハイブリッドです。
ヘッドホンをドライブする目的でトランジスタによる電流増幅を行なっているわけですが、オール真空管構成について考えてみました。
単純に図35 b ) のように電力増幅管とトランスでヘッドホンをドライブすることが可能かということです。
通常の高電圧動作であれば一般的な方式ですからもちろん可能です。
しかし、今回のような12Vでの低電圧動作では特性がどうなるのか不明です。
思いつきが単純なのですが実験してみる価値がありそうです。
まずは、手持ちの電力増幅管での低電圧特性のデータをとってみようと思っています。
低電圧動作であれば感電の心配がありません。
普段、真空管をいじることが少ないのですが、違った意味で真空管に興味がわいてきました。

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