D級パワーアンプ TPA3122D2 使用レポート

D級アンプとは

最終出力段の違い
図1 a ) は従来からあるプッシュプル(AB級)方式のアンプ最終出力の構成例です。入力される信号はアナログ信号で、スピーカへの出力信号もアナログ信号です。これに対しD級アンプは図1 b ) のように最終出力段は「ON/OFF」のスイッチング動作をしています。従来からのアナログアンプはA級、B級、AB級などに分類されますが、D級アンプとは最終出力段でデジタル的にスイッチング動作をするものを言います。つまり、D級アンプは最終出力段の分類の1つで、以下のような特徴があります。

①スイッチング動作するので他の方式(A級、B級等)と比較して変換(電力)効率が良い。
②効率が良いので放熱器が小さくて済む。場合によっては放熱器不要。


最終出力段の違い
これでは単純なデジタル信号



D級アンプの動作原理
図2のように単純にアナログ信号で最終出力段でスイッチングしてもこのままではアナログ情報(信号)を含んでいないないデジタル信号です

そこでD級アンプではアナログ情報を伝える方法の1つとしてPWM(パルス幅変調pulse width modulation)が用いられています。PWMとは図3のように出力のパルス幅(周期)は一定ですが、入力される信号の大きさに応じて「H」、「L」の時間(幅)が異なります。
つまり、
アナログ信号の大きさ → パルス幅に変換 このように、アナログをデジタルに変換し、これによりアナログ情報をデジタルに伝えます。


PWMとは

PWMの発生原理を図4に示します。
アナログ信号と三角波をコンパレータで比較するとコンパレータ出力はPWM信号になります。コンパレータは図4 b ) のように+端子と-端子に入力された信号の大きさを比較し、その大小関係により出力がVcc(+)またはVee(-)のどちらかにデジタル的に変化します。

PWMの発生とコンバレータ

図5にコンパレータの入出力波形を示します。
(アナログ信号が0V)「H」、「L」の幅が同じ
(アナログ信号がプラスの区間)必ず「H」の幅が多く、信号レベルが大きいほど「H」の幅が大きい
(アナログ信号がマイナスの区間)必ず「L」の幅が多く、信号レベルが大きいほど「L」の幅が大きい


コンバレータの入出力画面

このままではアナログ信号で変調したPWM信号ですから、これを図6のようにローパスフィルタ(LPF)に通すと、極性および大きさに比例したアナログ信号に変換されます。
(アナログ信号が0V) 電圧がゼロ
(アナログ信号がプラスの区間)プラスの極性で大きさは「H」の幅に比例
(アナログ信号がマイナスの区間)マイナスの極性で大きさは「L」の幅に比例
図6では再現されたアナログ信号は直流ですが、PWMに変換するための三角波の周波数をアナログ信号に対して十分高い周波数で行うことによりオーディオ信号が再現されます。


LPFに通すと極性、大きさに比例した電圧が得られる

D級アンプの構成例
図5、図6のように得られたPWMをLPFに通せば良いのですが、このままではスピーカを鳴らすだけの力がありません。
そこで、一般的には図7のようにコンパレータからのPWM信号でスイッチング回路を駆動し、スイッチング出力をLPFに通すことによりアナログ信号に変換しています。


D級アンプの構成例

TPA3122D2の概要

TI社のD級オーディオパワーアンプ「TPA3122D2」は図7のような構成になっており、LPF部を外部にて組むことにより簡単にD級アンプを製作することができます。
15W、ステレオ、Class-D オーディオ・パワー・アンプ
http://www.marutsu.co.jp/pc/i/65920/

なお、三角波の発振周波数はTPA3122D2の場合「250KHz」です。
以下、主な仕様を記します。

動作電圧10V~30V 出力(ステレオ動作)
Vcc = 12V
RL = 4Ω THD+N = 1% 4W THD+N = 10% 5W 
Vcc = 24V
RL = 8ΩTHD+N = 1% 8WTHD+N = 10% 10W
GAIN
以下の4つから選択

20dB、26dB、32dB、36dB、
MuteおよびShutdown機能詳細はTPA3122D2のデータシートを参照願います。

15W、ステレオ、Class-D オーディオ・パワー・アンプ
http://www.marutsu.co.jp/pc/i/65920/


TPA3122D2を用いた設計例

回路

回路図

GAIN設定
TPA3122D2はアンプのGAINを設定することが出来ます。図9のように「GAIN0」と「GAIN1」の状態により4通り設定出来、表1に組み合わせを示します。論理はジャンパーすれば「0」、ジャンパー無しで「1」です。また、GAINの値によりアンプの入力インピーダンスは表1のように異なります。



表1 GAIN設定
GAIN1 GAIN0 AMP GAIN AMP Zi
0 0 20db 60KΩ
0 1 26db 30KΩ
1 0 32db 15KΩ
1 1 36db 9KΩ

LCフィルタ
LCフィルタの定数は用いるスピーカのインピーダンスで異なります。筆者はスピーカインピーダンス8ΩでLCの定数を決めています。(4Ωなどのインピーダンス時はTPA3122D2のデータシートを参照願います)
データシートでは
L = 47μH
C = 0.39μF
が推奨されていますが、図10のように C = 0.22μF としています。この理由は C = 0.39μF では筆者の1次試作において高域周波数で特性が少し「あばれた」ことで、0.22μFのほうが「すなおな特性」になったためです。周波数特性の実測結果については後述します。


用いる部品は
インダクタ → ひずみの発生が少ない
コンデンサ → フィルム系
が望まれます。

入力カップリングコンデンサ C1,C2C1,C2は直流阻止用コンデンサ(カップリングコンデンサ)で周波数特性の低域に影響します。図11のようにコンデンサ定数とアンプ(TPA3122D2)の入力インピーダンスZiで特性が決定され、計算式を以下に示します。


入出力カップリングコンデンサ

Ziの値はアンプのGAIN設定で異なります。(表1参照)
①式から同じコンデンサ容量であればZiの値が小さきほどカットオフ周波数は高くなり、AMP GAIN 36dB時のZi = 9KΩ で計算してみます。

1μF以上のコンデンサを用いれば、さらにカットオフ周波数は低くなりますが、ここでは 1μFとします。

注意
厳密には前に接続されるボリュームおよび信号源インピーダンス模型さんに含まれますが、この成分を無視して①式で計算しています。

出力カップリングコンデンサ
C12,C15これも直流阻止用で、同じように低域特性に影響します。この場合の計算式を②式に示します。


出力カップリングコンデンサ

以下、C12 = C15 = 470μF、スピーカのインピーダンスを8Ωとして計算してみます。

ミューティング回路
電源ON時にスピーカから「ボッ、プツ・・」などの「ポップ音」が気になりました。これを防止する目的でTR1,TR2,RL1による「ミューティング回路」を設けています。
図13のように電源ON直後ではIC出力が不安定で、これが「ポップ音」です。そこで、IC出力が安定(ポップ音が無い)したところでIC出力をスピーカに接続することによりポップ音を防止することが出来ます。つまり、電源ONから一定時間経過後にスピーカを接続すれば良いわけです。


電源ON時の各部のタイミング(波形)

一定時間(DELAY)は図14のようにR7,C19による「充電」を利用し、C19の両端電圧は電源ON直後から徐〃に上昇します。
このトランジスタがONするまでの時間がDELAY時間で、R7 = 150KΩ、C19 = 100μFの場合、約5秒となっています。


CRによる充電





C19の両端電圧が徐々に上昇し、トランジスタがONとなる電圧でトランジスタがONし、これによりリレーもONする


IC2の3端子レギュレータ(5V)はリレー駆動用の電源です。セット自体の電源を12V~24Vの間で任意に選択できるようにしたかったので、リレーは内部で5V駆動です。
電源が24V固定であれば3端子レギュレータは不要で、リレーの動作電流も少なくなりますから、定数によってはトランジスタも1個で済むかもしれません。
電源電圧15V固定の場合は、12Vリレーを用い、リレーへの駆動電源を若干下げても良いと思います。
なお、電源OFF時にもポップ音が発生します。
この場合の防止は「電源OFF」を検出し、これによりすばやくC19の電荷を「放電」すればリレーがOFFし、ポップ音発生前にリレーをOFFします。筆者の場合、検出回路を設けて対応しましたが、TPA3122Dでは特に気になるレベルの

部品表

部品番号 品名 型番 メーカー 数量
C1,C2 セキセラ 1μF CT4-0805Y105M*10 Linkman 2
C3,C4 セキセラ 1μF CT4-0805Y105M*10 Linkman 2
C5,C8 ケミコン470μF/35V ELXZ350ELL471MJ20S*10 日本ケミコン 2
C6,C7 セキセラ 0.1μF CT4-0805B104K*10 Linkman 2
C9,C14 セキセラ 0.22μF CT4-0805Y224M*10 Linkman 2
C10 セキセラ 4.7μF CT4-0805Y475M Linkman 1
C11,C18 セキセラ 0.1μF CT4-0805B104K*10 Linkman 2
C12,C15 ケミコン470μF/35V ELXZ350ELL471MJ20S*10 日本ケミコン 2
C13,C16 フィルムコン 0.22μF EOL100P22J0-9 FARAD 2
C17 セキセラ 0.22μF CT4-0805Y224M*10 Linkman 1
C19 ケミコン100μF/25V 25YK100 Ruby-con 1
D1 ダイオード 1N4007 レクトロン 1
IC1 D級アンプIC TPA3122D2N TI 1
IC2 5V 3端子レギュレータ NJM7805FA NJRC 1
J1 RCAジャック 白 (絶縁型) RJ-2003/W Linkman 1
J2 RCAジャック 赤 (絶縁型) RJ-2003/R Linkman 1
J3 DCジャック MJ14ROHS マル信 1
J4 絶縁ターミナル 白 TM505シロ MSK 2
J5,J7 絶縁ターミナル 黒 TM505クロ MSK 2
J6 絶縁ターミナル 赤 TM505アカ MSK 1
JP1,JP2 ピンヘッダー 4P     1
L1,L2 インダクタ 47μH RTP8010-470M サガミ 2
LED1 LED 青 DB2NBBL サトー 1
R1,R5,R8 カーボン抵抗 4.7K     3
R2,R6 カーボン抵抗 1K     2
R3,R4 カーボン抵抗 10K     2
R7 カーボン抵抗 150K     1
RL1 DC5V リレー (2C) G5V2DC5V OMRON 1
TR1,TR2 トランジスタ 2SC1815Y(F) 東芝 2
VR1 2連ボリューム 10K.A R1610G-QB1-A103 Linkman 1
XJP1,XJP2 ジャンパーピン(ショートプラグ)     2
XIC2 放熱器 16PB16L25 LSIクーラー 1
  ユニバーサル基板 95×72mm LUPCB-9572-NS Linkman 1
  ケース KC5-13-10BS タカチ 1
  ボリューム用ツマミ 25X15JXS-7 Linkman 1
  ゴム足 BP42 タカチ 1
  金属スペーサ、ネジ類   1式 4
  配線材 AWG24 各色   1式  

     は型番と数量に注意
(フィルムコン 0.22μF)他の候補としてPILKOR-224/63V Linkman
(ダイオード)50V/1A以上の定格で可。他の候補として1N4001


製作

基板
ユニバーサル基板を用いました。筆者はD級アンプの製作は初めてです。特にGND配線をどのように行って良いのか分かりません。TPA3122D2はメーカーにて「User's Guide」が公開されていて、基板パターン例も掲載されています。ただし、多層基板の例ですので、そのままユニバーサル基板へは応用(まね)出来ません。そこで、筆者の勝手な解釈で次のように行うことにしました。①L/RのGNDは独立させる。
②アナログGNDとデジタルGNDの接続ポイントは任意に設定できるようにしておく。
③L/Rの部品配置は対称
L/RのGND独立に関しては分かり易いように回路図にてGNDシンボルにL,Rなどの添え字を付けています。(少し、おかしな回路図になっている)部品配置に関しては「User's Guide」が参考になると思います。電源が24V時は3端子レギュレータに放熱器を付けてください。

内部配線と組込み
余計なGNDループを作らないようにジャック(端子)類はすべて「絶縁タイプ」を用いています。
用いたケースはタカチの「KC5-13-10BS」です。ケースと組込み要領はパーツまめ知識「ステレオパワーアンプキット LAPA4755-KIT使用レポート」を参照願います。
https://www.marutsu.co.jp/contents/shop/marutsu/mame/173.html

周波数 2次試作
20 -7.00
30 -4.60
40 -3.20
50 -2.30
60 -1.78
70 -1.40
80 -1.10
90 -0.93
100 -0.78
200 -0.24
300 -0.100
400 0.00
500 0.00
600 0.00
700 0.00
800 0.00
900 0.00
1000 0.00
10000 0.00
20000 0.00
30000 0.00
40000 -0.20
50000 -1.00
60000 -2.93
70000 -6.15
80000 -9.50
90000 -12.4
100000 -14.9

電気的特性測定
測定はデータシートと比較する意味で以下の条件で行っています。
GAIN = 20dB8Ω負荷なお、電源電圧はことわりのないかぎり15Vです。

周波数特性
低域は入出力のカップリングコンデンサで、高域はLCフィルタで特性が決まります。

グラフ1のように「素直な特性」です。

-3dB以内での帯域はおおよそ40Hz~60KHzです。

低域はC12(C15)の定数が支配的で、40Hzよりさらに低域にしたい場合は容量をアップ
(例えば1000μF)します。



最大出力

表4

電源電圧 ひずみ率1% ひずみ率10%
15V 3.25W 4.0W
24V 8.28W 10.23W

条件 8Ω負荷ほぼ、データシートどおり
24V動作で10W出力には驚き!

消費電流

表5

電源電圧 消費電流 備考
15V 無入力 0.115A -
15V 3W+3W 0.55A 1KHz
24V 8W+8W 0.775A 1KHz

無入力時に消費電流が0.115Aとなっているのはリレーの動作電流(約100mA) とLEDの消費電流を含んでいる 3W+3W (または8W+8W) はL/R同時出力の意味

出力 1次試作 2次試作
0.01 0.398 0.330
0.02 0.230 0.200
0.03 0.180 0.165
0.04 0.154 0.135
0.05 0.150 0.127
0.06 0.150 0.126
0.07 0.150 0.122
0.08 0.140 0.121
0.09 0.140 0.123
0.10 0.140 0.130
0.20 0.140 0.110
0.30 0.112 0.071
0.40 0.117 0.065
0.50 0.124 0.056
0.60 0.117 0.053
0.70 0.130 0.053
0.80 0.132 0.056
0.90 0.136 0.058
1.00 0.139 0.061
2.00 0.182 0.093
3.00 0.370 0.148

ひずみ率特性
グラフ2に1次試作品および2次試作品 の特性を示します。

(測定条件)
プリ ローパス フィルタ PRE-LPF
カットオフ周波数 20KHz
減衰量 24.1KHzで約60dB




(1次試作と2次試作の相違点)
2次試作で特性がかなり改善されています。1次試作でひずみ率特性がデータシートと比較して良くなかったので2次試作を行っています。
相違点
①1次試作のIC(TPA3122D2)実装はICソケット(板ばね式)2次試作では基板直付け
②470μFのケミコンは
1次試作 → 一般的なケミコン
2次試作 → 低Z品のELXZ350ELL471MJ20S

両方ともユニバーサル基板で部品配置、配線は、ほぼ同じです。ただし、ユニバーサル基板では同じように配線したつもりでも微妙なはんだ付けで特性に差が出る場合もあります。正確に断定するならば、プリント基板にして部品交換する方法で評価する必要があります。

試聴
消費電流は前記表5のとおりですが、これは正弦波入力の場合です。実際の音楽ソースではこの値より大きなピーク電流が流れます。したがって、用いる電源の電流容量は余裕のあるものを用いたほうが良いようです。ちなみに、15V動作にて安定化電源のCC設定値を1Aにしても、音楽ソースでは時々、電流リミットがかかりました。部品配置およびGNDを含めた配線は「これがベスト」とは思っていません。D級アンプは、たぶん意識しなくても身の回りにあるのかもしれません。筆者は意識してD級アンプの音を聴くのは今回の1次試作が初めてで、軽い衝撃を受けました。音質に関しては個人差がありますので、ここでは表現しませんが、オーディオの楽しみ方が、また1つ増えました。
TPA3122D2は部品点数が少なく、手軽にD級アンプが組めますので、D級とはどのようなものなのか、一度、試されてはいかがでしょうか?





落ち着いたピンジャックの赤と「Class D」の文字が印象的

10W+10Wの出力が得られるとは思えないほどコンパクトに仕上がっている。

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